親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
人気のあのお店や場所には、なぜ人が集まるのか? 連載企画「人が集まる、場のヒミツ」では、お店・空間づくりのポイントや、その背景にある想いやこだわり、そして魅力的なエピソードの数々から、「愛される場所」の秘密を紐解きます。
第10回に登場するのは、全国に1150か所以上ある私設図書館「まちライブラリー」です。都会の一角、閑静な住宅街、あるいは緑豊かな田舎町……場所も形も問わず、堅苦しいルールもない。ただ「本」を介してゆるやかに人と人が繋がる、自然体のコミュニティです。
「みんな」ではなく「自分」が心地よいと思える場所を、それぞれのスタイルで作り上げていく「場」のヒミツとは。まちライブラリーの仕掛け人である礒井純充さんに、詳しく伺いました。
窮屈な「日常」を脱し、自由な「交流」が生まれる場
—はじめに、まちライブラリーがどのようなものなのか教えて下さい。
礒井
メッセージカードをつけた本を街の中の本棚に置き、本を中心に人々が交流するコミュニティ型のライブラリーです。私の個人プロジェクトとして、2011年に大阪のビルの一室からはじめました。
その後、共感を得て全国に拡大し、いまでは約1150か所あります。団体や企業が運営するものもありますが、まちライブラリーの設置者は個人が6割を占めています。
カフェやショップ、病院、寺、個人宅、道端など、さまざまな場所に設置されているまちライブラリー。
誰でもオーナーとして始めることができ、本棚や運営方法にも個性があふれる。
左上:ISまちライブラリー@奥多摩・鳩の巣、右上:まちライブラリー@四谷陽運寺、左下:まちライブラリー@ふくやま病院、右下:とんだばやしMikoまちライブラリー(画像提供:まちライブラリー)
—まちライブラリーを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか?
礒井
現代社会では、多くの人が会社や組織のルール、社会的な常識といった「見えない枠組み」の中で生きています。もちろん、それ自体が悪いわけではありません。しかし、その枠組みに息苦しさを感じ、もっと自由な生き方、繋がり方を求める人々が増えているのも事実です。私自身もその一人でした。
「本当に大切なものは何か?」その問いに対する答えを探す中で、辿り着いたのが「まちライブラリー」だったんです。
―なるほど……誰もが心のどこかで感じている生きづらさ、窮屈さから抜け出したいという願いが、まちライブラリーに繋がっているんですね。従来型の組織や活動の限界とは、具体的にどのようなものでしょうか?
従来の社会活動はトップダウン型の組織や、経済的な利益を追求する企業活動が中心でした。効率性や合理性を重視するあまり、個人の感性や創造性が置き去りにされてしまうケースも少なくありません。
―なるほど……誰もが心のどこかで感じている生きづらさ、窮屈さから抜け出したいという願いが、まちライブラリーに繋がっているんですね。従来型の組織や活動の限界とは、具体的にどのようなものでしょうか?
従来の社会活動はトップダウン型の組織や、経済的な利益を追求する企業活動が中心でした。効率性や合理性を重視するあまり、個人の感性や創造性が置き去りにされてしまうケースも少なくありません。
—そうすると、個人が本当にやりたいこと、表現したいことが埋もれてしまう可能性もありますね。
そうなんです。だから、モーターのように外部からのエネルギー供給に依存するのではなく、風車のように自然の流れを受け止めて力に変えるような活動。つまり、人々の内発的なエネルギーを活性化させることが重要なんじゃないかなと。人々が自然体で他者と関わり、互いに手助けし合うことで、貨幣経済に依存せずにエネルギーを生み出す場をつくれないか。そう考えた結果、まちライブラリーというアイデアにたどり着きました。
まちライブラリー提唱者 礒井純充さん
—まちライブラリーでは、どのような「繋がり」が生まれているのでしょうか?
偶然の出会いと緩やかな繋がりが、まちライブラリーの魅力です。
例えば、「自分の好きな本を、好きなように並べる」ことで、訪れた人々がその本に興味を持ち、共通の話題が生まれます。オーナーが選んだ本を通じて、訪れた人との間に自然と会話が始まり、共感が生まれることがよくあります。
また、「ふらっと訪れた人が、思いがけず素敵な本と出会う」ことも多いです。公共図書館のように厳密な分類や配置のルールがないため、訪れた人が偶然手に取った本から新たな発見をすることができます。この偶然の出会いが、新しい視点や知識をもたらし、訪れた人々同士の交流のきっかけとなります。
さらに、「メッセージカードを通して、共感や感動を分かち合う」ことも重要な繋がりの一つです。まちライブラリーでは、本を読んだ人がその感想や思いをメッセージカードに書き残し、次に読む人に伝えることができます。このメッセージカードが、読書体験を共有する手段となり、共感や感動を分かち合う場を提供します。
自由な環境が人々を自然体で繋げ、心豊かな時間を提供するという信念のもと、「こうしなければいけない」というルールは一切ありません。
メッセージカードには、読者が自分の言葉で感想をつづる
集まった人々が紡ぎ出す、彩り豊かな物語
―人と人をつなぐツールとして、なぜ「本」を選ばれたのでしょうか?
触媒として「本」がうってつけだからですね。本を通して地域の人と関わっていくうちに、「私もこの街の一員なんだ」という意識が芽生えてくるんです。「本」って、単なる情報の塊じゃなくて、人と人、人と地域を繋ぐ、すごい力を持っているんですよ。まちライブラリーは、そんな「本」の可能性を最大限に引き出せる場所なんです。
例えば、誰かが本を持ち寄って、その本にメッセージカードを添えることで、読んだ人同士が自然と交流を始めます。本が媒介となり、思いが繋がり、新たな関係性が生まれるのです。このプロセスを通じて、参加者は自分が地域の一員であるという意識を強く感じるようになります。まちライブラリーでは、本が単なる読み物ではなく、コミュニケーションのツールとして機能し、地域全体の結束を強める役割を果たしています。この場所を通じて、人々は自分の居場所を見つけていくんです。
―実際に、まちライブラリーを通して生まれた繋がりはありますか?
はい、数え切れないほどの出会いが生まれています。例えば、近所に住んでいながら今まで言葉を交わすことのなかった人同士が、まちライブラリーをきっかけに友人関係になったという話はよく聞きます。
―どんな人がまちライブラリーに集まってくるのでしょうか?
本当に様々です。年齢も職業も住んでいる場所も全くバラバラ。会社員、主婦、学生、フリーランス、経営者……。肩書きを外せば、みんな「本」という共通の趣味を持つ、ただの「人間」です。世代や立場を超えた人が集い、自然体で語り合えるのも、まちライブラリーの大きな魅力です。今まで当たり前だと思っていた価値観や常識が、ここでは通用しない。そんな発見の連続です。予想外の出会いや化学反応が日々生まれています。
取材は、西東京市にある「まちライブラリー@ MUFG PARK」で行った
ー本日取材をさせていただいている「MUFG PARK」のまちライブラリーは、どのような空間なのでしょうか。
かつて三菱UFJ銀行の福利厚生施設であった武蔵野運動場が、市民交流の場として生まれ変わった「MUFG PARK」の一角に位置しています。企業からのお声がけを受けて、内装は僕がプロデュースしました。
注目してほしいのは、「生活文化の地層」をイメージした本棚。人類の誕生から文明の歴史、文化に重ね合わせ、本棚の下段から順に自然科学・歴史/哲学・社会・文学などに分類してみました。まるで人類の進化の軌跡を辿るように、本棚を眺めるのも一興でしょう。
さらに、このまちライブラリーならではの取り組みが「タイムカプセル本箱」です。写真や手紙、子どもの成長記録、仲間との思い出など、「生活の記憶」を本型のタイムカプセルに入れて保管し、まちライブラリーの本棚に所蔵します。開封時にはイベントを開いて思い出をシェアすることもでき、未来の自分や大切な誰かに、時を超えて想いを届けることができます。
約1万5千冊もの本を収容できるライブラリーには、美しいアーチを描く壁面に沿って蔵書が整然と並ぶ。
上段に並んでいるのが「タイムカプセル本箱」
ー公設の図書館のように立派な空間ですよね。ここにも、まちライブラリー“イズム”が継承されているのでしょうか。
もちろんです。しかし、立派な空間にまちライブラリーがあると、利用者の方が公共図書館と同じように捉えてしまうこともあります。
でも、僕は「お静かに」とか「子供は騒いじゃダメ」なんてルールは作りたくありませんし、作りません。なぜなら、ここは皆さんが自由に過ごせる場所であるべきだからです。
だからといって、「みんな」で何かをするわけではありません。大切なのは、一人ひとりが「自分が楽しい場所」を作るという意識を持つことなのです。もちろん、相手の楽しみを奪うような行為はNGですが。
子供の声がうるさい? もちろん、周りの迷惑になるほどの騒ぎ方は困りますが、頭ごなしに叱るだけではいけません。子供だって、何かを楽しんでいるわけですから。大人も子供も、お互いの気持ちを尊重して、どうすれば気持ちよく過ごせるか話し合えば良いのです。
人間なんて、大人も子供もみんなそれぞれ違った「変人」。それを認め合える空間こそが、本当に居心地のいい場所なはず。一人ひとりが自由と責任を持って、新しいコミュニティを築いていける場所を目指しています。
陽光と緑がまぶしい「まちライブラリー@MUFG PARK」では、地域の人々が思い思いに過ごしていた
「自分らしさ」を取り戻す、人生の転機になる場
―まちライブラリーが関わる人々に与える影響とは?
人それぞれですが、「人生の転機」と語る人も少なくありません。例えば、子育てに追われる中で自分の居場所を見失っていた主婦が、まちライブラリーをきっかけに地域活動に積極的に参加するようになったケース。都会での一人暮らしに孤独を感じていた女性が、地元に戻ってまちライブラリーを始めたことで、地域に馴染み、今ではたくさんの仲間とイキイキと過ごしているという話もあります。
あるいは、厳しい競争社会の中で成果主義に疲弊していた企業の方が、まちライブラリーで出会った人々との交流を通して本当に大切なものに気づき、会社を辞めて独立し、自分のやりたいことを仕事にする道を選んだケースも。まちライブラリーは、単なる「図書館」の枠を超えて人々の心を解放し、人生を豊かにする力を持っています。
―それはなぜだと思いますか?
まちライブラリーは、肩書きや年齢、立場を超えて人と人が自然体で繋がれる「場」だからだと思います。誰かに評価されることも、競争する必要もない。ただ、そこにいるだけで自分らしくいられる。そんな安心感が人々の心を解き放ち、本来の「自分らしさ」を取り戻させてくれるのではないでしょうか。
―人々の心を解放し、人生を豊かにするまちライブラリーは、新しい生き方を提案してくれている気がします。最後に磯井さんが思い描く、まちライブラリーの未来図をぜひお聞かせください。
まちライブラリーは、単なる図書館でも、コミュニティスペースでもありません。自分らしく、自由に生きることの可能性を示してくれる場だと考えています。
もし、日常に疲れた時、新しい自分に出会いたい時、心がホッと安らぐ場所を見つけたい時に、足を運ぼうとする心と「人」と繋がりたいという想いさえあれば、誰でもまちライブラリーの担い手になることができます。
目指すのは、まちライブラリーという「点」を全国各地に広げていくこと。そして、その「点」と「点」が繋がり、やがて大きなうねりとなって、社会全体を優しく包み込むような未来を創造することです。
礒井純充(いそい・よしみつ)
1958年大阪市生まれ。大阪府立大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。経済学博士。1981年、森ビル株式会社に入社し「アーク都市塾」「六本木アカデミーヒルズ」などの文化・教育事業に従事。2011年に「まち塾@まちライブラリー」を開始。以降、「まちライブラリー」の提唱者として活動の運営・サポートを行う。近著に『「まちライブラリー」の研究――「個」が主役になれる社会的資本づくり』(みすず書房)。
まちライブラリー:https://machi-library.org/
ライター:末吉陽子 撮影:塩川雄也 編集:モリヤワオン(ノオト)
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