親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
人気のあのお店や場所には、なぜ人が集まるのか? 連載企画「人が集まる、場のヒミツ」では、お店・空間づくりのポイントや、その背景にある想いやこだわり、そして魅力的なエピソードの数々から、「愛される場所」の秘密を紐解きます。
第16回は、北海道札幌市の中心部、狸小路にある都市型水族館「AOAO SAPPORO」。
生物を観察するための場としての空間設計にこだわる一方で、展示の中心は目立たない生物たち。さらに、表舞台に出ることのないバックヤードにスポットを当てるなど他の水族館ではあまり見られない取り組みを行っています。
「多様な人々の交流をうながすハブとして役割も目指す」という水族館の在り方について、AOAO SAPPOROの館長・山内將生さんに伺います。
「魚がわからなくても」楽しめる水族館を
―なぜ、札幌市中心部、狸小路のビルの中という意外な立地で水族館をオープンしたのでしょう。
山内
まず、このビルの開業時に、生活密着型の施設をオープンする予定がありました。
ここ狸小路商店街は古くからあり、老若男女問わずさまざまな人が訪れる場所です。また、札幌市は日本有数の観光地で、国際都市でもあります。さらに、近年はこの辺りにはタワーマンションが立ち並び、セミリタイアした方々の生活地にもなっているとも聞きました。
僕は当時、ホテルや商業施設を企画・設計し、まちづくりを推進する仕事をしていました。当初は、カフェやミニシアターなどの複合施設といったプランもありましたが、「水族館はどうだろう」という提案をしたところ、オーナーさんが驚いて。
―ビルの中に水族館は驚きますね。
山内
僕は元々水族館で館長をしていたこともあり、運営のノウハウはあったのです。話をしていくなかで、生活密着型の町に貢献できるような水族館があってもいいのではないかということになりました。
水族館の集客力を利用して、いろいろな人が交流できる場所。小さい子どもからご年配の方、海外から訪れる方、オフィスワーカーと、とにかく多様な人たちが、この街を自由に動き回るためのハブ的な存在を目指し、オープンする運びとなりました。

AOAO SAPPORO館長・山内將生さん
山内
ただ、正統派の水族館をつくっても個性を示せないと思ったんですよ。
―街の中で注目される水族館になるには、正統派では埋もれてしまう……ということでしょうか?
山内
ええ。街の人に愛されるとはどういうことか、あるいは観光客がわざわざ立ち寄ってくれるためにはどうしたらいいかを考えました。どんなに立派な美術館や博物館があったとしても、人は自分の興味のないことには足が向かないじゃないですか。
―確かにそうです。
山内
水族館は魚が生まれるし、育つ。毎日の動きがあって、彼らの生活を覗き見ることで変化を感じることができる。
また、水族館では言葉がいらないこともポイントです。博物館などではどうしても言葉による説明が必要になりますよね。もちろん、水族館もそういう部分はありますが、ただ見ているだけでも楽しいじゃないですか。

間近に生物を感じることでさらに興味を持ってもらう
―たしかに、魚についてあまりわからなくても楽しめますよね。そういった部分にフォーカスしていきたいと。
山内
そのためにコミュニケーションの仕方、情報の出し方の工夫をしています。
まずは、魚やペンギンを見て楽しんでもらって、興味をもったら学んでもらう。そして、「自分との関係性」をつくってもらえるような場としてのプランを考えました。

ブルールームでは知床のシャチや、北海道の海で泳ぐ実物大のマッコウクジラの映像が。クジラの体長はオス17mと大迫力。音楽ライブなどのイベントも多数催される(画像提供:AOAO SAPPORO)
順路表示が少ないからこそゆったり好きな生物に出会える
―AOAO SAPPOROはビルの4〜6階のフロアが活用されていますが、フロアそれぞれ特徴が異なりますね。
3フロアを同じトーンで繋ぐとエスカレーターの機械的な感じが目立って、体験としての気持ちが切れてしまうと思うのですね。それならば気持ちが切れることを利用して、それぞれのフロアのシーンを変えてしまおうと。
基本的に水族館は最初から最後まで同じトーンで魚の紹介が続きますよね。そうすると……
―途中で飽きてしまうこともありますね。
海や地球への興味の入口の役割が水族館にあると思っているので、最初の4階フロア「水の生物のラボ」では少し難しい話を。
5階フロアにある「観察と発見の部屋」「ネイチャーアクアリウム」でじっくりと魚を観察してもらい、6階フロアの「グリーンルーム」「ブルールーム」では開放的な空間でペンギンと親しみ、大きなクジラや海中の映像などを楽しんでもらうという構成になっています。

手が届きそうな距離にペンギンたちがたたずみ、泳ぎ回る。時には水をかけられることも(画像提供:AOAO SAPPORO)
―順路の表示も、あまり見当たりませんね。
順路の矢印は極力減らしています。お客様がフロアを自由に行き来してみていただきたいんです。動線を決めてしまうと、順路の通りに行かなければと感じてしまうし、全部の展示を見たかどうか焦りも出る。さらに、順番に見ようと行列ができてしまいます。そういうことを解決したい。
―そのために水槽の配置も工夫されているのですか?
一般的に水族館では、水槽が横並びに並んでいるじゃないですか。水槽が全部視界に入ってくる状態。
5階フロアの「ネイチャーアクアリウム」ではそれを避けたかったんですよね。美術館の配置などを研究して、体の向きを変えないと他の水槽が目に入らないように配置しています。さらに、水槽周りの空間を広く取り、ひと休みできるベンチなども多く用意しています。

「ネイチャーアクアリウム」。ベンチスペースは京都の寺院の庭園をイメージ。周囲のアクアリウムを借景として捉える(画像提供:AOAO SAPPORO)


ビジュアルの美しさだけでなく、魚たちと植物の生態系が完璧に整えられているのも注目ポイント
―それで一つの水槽に集中できるのですね。同フロアの「観察と発見の部屋」の水槽も、四方から見られて一つひとつ独立していますね。
順路がないので、好きなところから見ていただけます。他のお客様が見ていたら、別の水槽を見に行けばいいですし。その分、自分の興味に従って見ているから、頭にも入りやすい。どんなに混んでいても並ぶことはないし、ゆっくりお客様が動いたり、座ったりと、水族館っぽくない動きが見られますよ。

「観察と発見の部屋」。好きなところから見られる独立した水槽により、混みあわないような動線が自然に生まれる
―展示のキャプションも変わっていますね。「ぺったんこ」?
はい、「ぺったんこ」。生物の形態的な特徴を一番大きく表示しています。魚の名前はなかなか覚えられませんよね? 「ぺったんこ」だけ覚えてくれればいいんです。
それでもっと興味を持ってくれたら、詳しい説明を読めばいいんです。

「ぺったんこ」が目立つキャプション。一般的な水族館で一番大きく書かれる魚の名前「ヘコアユ」が、AOAO SAPPOROでは一番小さい文字
こちらの生物の選定は「脇役を主役に」をテーマにしています。一つの水槽に1種類の生物だけを展示しているのが特徴です。
ほとんど、どの水族館にもいる生物ばかりなのですが、「初めて見た!」という方が多くて。これまでも目には入っているのに、情報として認識していないということなんですね。
ここでは、水槽の中に見た生物に対して疑問を持ってもらい、知識をどうしたら伝えられるかを工夫しています。

ヘコアユ。確かにぺったんこ。特徴を言語化されることで、よく観察してみたい気持ちになってくる
あたたかく快適な空間で知識の海を泳ぐ
―館内のあちらこちらに本がありますが、こちらはどのような意図で置かれているのですか。
「本は知識の海」というじゃないですか。水族館からも海を連想しますよね。これに関連させて置いてみようと。
本を置き始めて気付いたのですが、水族館の水槽と、素晴らしい表現者が本という形でアウトプットしたものって、共通点があるなと。例えば、子どもたちが水族館でチンアナゴを見て、サンゴ礁の海を想像したとします。そして大人になってどこかでダイビングをしたとき、サンゴ礁にチンアナゴがいるかもと観察してみるかもしれない。
これは、本を読んで新しい世界を知り、その記憶が現実での体験と結びついたとき、生きる糧になるというのと似ているように思います。

「知識の海」は多様であると思わせてくれる選書。つい手に取ってみたくなる
―どなたが選書しているのですか?
専門に選書をしているスタッフがいます。魚の見た目と同じような本を置いたり、小説を置いたり。水玉の魚には草間彌生さん(※)の画集、チンアナゴの水槽の横にはラーメンの本といった具合です。お客様が喜んで本を見てくれていますね。
※草間彌生……日本の前衛芸術家、小説家。網目や水玉をモチーフにした絵画制作を行う

水槽横には「なるほど」と納得するものや思わず笑ってしまうものも。「もさもさ」の生き物の横には、植物の本が
―魚やペンギン以外にも楽しみがあるのがいいですね。館内全体も静かであたたかな印象があります。
全館カーペット敷きにしたんですよ。水族館って冷たいイメージがしませんか? ツルツルの床で暗くて。
―ちょっと寒い感じはあります。
そうですよね。僕のイメージだと学校や地方の駅のような少し寂しい感じ。
そういうイメージを払拭して、お客様に過ごしていただく空間としてカーペットを敷き、やわらかい間接照明を取り入れ、音楽をかけたりカフェを設けたりしています。

6階には札幌の人気店・シロクマベーカリーのカフェがあり、毎日キッチンで焼いた商品が提供される。館内のどこでも飲食は可能(画像提供:AOAO SAPPORO)
さらになぜ水族館、学校、駅が寂しいイメージなのかを突き詰めてみたところ、それは自分の場所ではないからではと。
―自分の場所ではない?
どの水族館に行っても、よその家に行っているようなものなのですよ。水族館におじゃまして飼育員さんがお世話した生物を見せてもらっている。その「主体と客体」の関係を解消したいなと思っています。
そもそも、地球のどこかで生きていた生物たちがたまたまここに来ているだけです。「僕たちの展示物」を見てもらうのではなく、魚たちやペンギンは僕たちとお客様で一緒に育てているもの。むしろ、お客様からの預かりものをお世話しているくらいの感覚でやっています。
お客様にゆだねるようなやり方で、空間を表現しサービスを展開したいと思っています。自分の場所として過ごしていただきたいのでどこから見てもいいですし、飲食も自由。本を読みふけってもいいし、仕事をしてもいいんです。

コワーキングスペースも完備。生き物の気配を感じながら仕事をすることができる(画像提供:AOAO SAPPORO)
バックヤードを知ることで生物たちをより理解し体験を未来へ生かせる場に
―エントランスからすぐの演出にも驚きました。どんな魚に会えるのかなと思ったら、いきなり巨大なプラントが現れて。
水族館というのは実は水を処理するちゃんとしたプラントなんですね。まずは水の大切さを知っていただくために人工海水を製造する装置を置いています。ここで毎日、水をろ過し、魚とペンギンのための人工海水をつくっていて、それが水族館にとってはとても重要なことであると入口から視覚的に体験していただくためのものです。


エントランスを入ってすぐ目に飛び込む、人工海水を製造するための巨大なプラント。流れる音楽と照明は「工場夜景」をイメージしている
―続く「水の生物のラボ」では魚の名前の表示もなく、飼育員のみなさんが働いている様子が見られます。
プラントが機械のバックヤードであるならば、こちらは人と生物のバックヤードです。
生物の健康状態を管理したり、産まれた生物のお世話をしたり、病気の治療をしたりを行っている場所です。一般的には隠してしまう場所ですが、ありのままに見せることで水族館がどのような場所なのかを知ってほしいということで公開しています。
飼育係の仕事の多くは、細かくて小さい命を大切に扱うことの積み上げで。それがお客様が目にする展示に繋がっていくのです。愛情を注いで、もうそこまでやるかっていうくらい一生懸命やってるスタッフを見るとすごく感動しますね。これは種を存続させるための仕事でもあります。

「水の生物のラボ」では、飼育員がお客様の動きに関係なく真剣に作業に取り組む姿が印象的
―水族館はレジャー施設として捉えがちですが、「生物の命を守る場でもあること」に気付かされますね。今後、AOAO SAPPOROとしての展望もお聞かせください。
僕たちがやりたいことはペンギンや魚のファンになって自然界に興味を持ってもらうことです。だからこそ、一番はペンギンに卵を生んでもらって育てることをがんばっていきたいなと。次世代に繋いで、それをお客様たちと喜べるようなイベントをしたいです。
―昨年はフェアリー・ペンギンの「ラムネ」ちゃんが生まれましたよね。
それを毎年続けていきたいです。魚たちにしても一緒で、やっぱり健康でちゃんと卵が孵って繁殖をしてというのが水族館のベースですので。それを知ってもらうために、施設を整えて、イベントなどを取り入れているわけですから。

写真では分かりづらいが、飼育員が育てている赤ちゃんたちの水槽も。小さい命が育ち次世代へと繋がる
―ここを出発点に、外の世界を見てもらいたいということでしょうか。
生物との接点がないとアクションは起こしにくいと思うんですよ。ここがその接点になれたらいいですね。
いずれは一緒にペンギンの生息地のツアーに行ったり、本物のシャチを見に知床の世界自然遺産に行ったりと、お客様と一体になって何らかの活動ができるといいなと思っています。


山内將生
AOAO SAPPORO館長
金融の世界から転身、「すみだ水族館」をはじめとする、水族館を主とするミュージアム事業のコンサルタントを多数手がける。2022年9月、「株式会社 青々」を設立。2023年7月に札幌市中心部に都市型水族館AOAO SAPPOROをオープン。好きな生物はフェアリー・ペンギン。
取材・執筆:わたなべひろみ 撮影:小牧寿里 編集:モリヤワオン(ノオト)

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