親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
人気のあのお店や場所には、なぜ人が集まるのか? 連載企画「人が集まる、場のヒミツ」では、お店・空間づくりのポイントや、その背景にある想いやこだわり、そして魅力的なエピソードの数々から、「愛される場所」の秘密を紐解きます。
第18回は、世界文化遺産の東寺を擁する京都市南区にある「コワーケーションスペース九条湯」。
築およそ100年に及ぶ和風建築の銭湯。一時期は廃屋と化し、取り壊しが検討されていました。しかし、「そもそも銭湯は社交場だった」という考えに基づいてリノベーションし、世代・性別・国籍を問わずさまざまな人が集まる場として生まれ変わったのです。
独特な「ゆるさ」で旧銭湯をコミュニティハブに蘇らせたコワーケーションスペース九条湯の運営主・猪飼仍之(いかい なおゆき)さんに、どのような改装を施したのか、コミュニティの築き方などについて、お話をうかがいました。
10年以上放置されていた銭湯は非日常空間だった
―「コワーケーションスペース九条湯」は銭湯だった時代の面影が随所に残っていますね。もともとはどのような銭湯だったのですか。
猪飼
登記簿上では昭和5年に誕生した築95年の建物です。宮大工さんが建てたそうで、立派な唐破風(からはふ)造りとなっています。館内も材木でカーブを描く曲木(まげき)加工が施されていたり、欄間(らんま)の意匠が凝っていたり。ここまで日本の伝統工芸の粋を集めた銭湯を新たに建てるのは、現代では難しいんじゃないでしょうか。
※曲木加工:木材に蒸気や熱を加えて柔らかくした上で曲げて形成すること
1階部分の屋根は、丸みの特徴的な伝統的な屋根建築の一種である「唐破風造り」になっている
入り口すぐにある脱衣所だった場所の欄間(らんま)
猪飼
そそういった貴重な銭湯だったのですが、大家でもあった店主さんがご高齢で体調を崩されましてね。2008年に閉業となり、2016年にお亡くなりになったんです。70代の息子さんが相続して大家になったものの、設備が老朽化してしまっており、銭湯として再生するためには数千万円が必要だとわかった。そうなると現実問題、銭湯経営を復活させるのは難しい。銭湯として再開できないため、いったんは取り壊しを検討したそうです。
―そういった深い歴史がある銭湯の廃屋に、猪飼さんはなぜコミットすることになったのでしょう。
猪飼
とはいえ、100年近い歴史があるこの建物を失うと、2度と再現できません。それはさすがにもったいない。そこで、空き家再生・再活用の仕事をしている私ども「猪 (いの) べーしょんハウス」に「なんとかならないか」という相談が持ち掛けられたという経緯がありました。
―初めて九条湯を訪れて、どのように感じましたか。
猪飼
まず、立地の特異性に驚きました。あまり目立たない路地裏にあるのですが、ここにこんなに大きくて豪壮な銭湯があるなんて思わないじゃないですか。見た瞬間は現実として受け止められなかったし、秘密基地のようだと感じました。
九条湯の外観。狭い路地裏に堂々と立っている
猪飼
そして、館内に入って、さらに度肝を抜かれたんです。下足箱の木が腐っていたり、瓦屋根が傷んでいたり、損傷が激しい部分はありました。しかし、それ以外は昭和へタイムスリップしたかのように保存状態がすこぶるよい。衝撃を受けてしまって思わず「うわー!」っと声をあげてしまったくらいです。
―私も一歩足を踏み入れて「すごい!」と叫んでしまいました。文化財と呼んで大げさではない重厚感があります。改装前ならば、なおさら驚きますよね。
猪飼
路地裏に入らないと出会えないレア感といい、非日常感がすごかったですね。私があまりにも反応するものだから、息子さんが逆に「この銭湯はそんなにすごいのか?」と驚いていたくらいです。
九条湯の運営者・猪飼仍之さん
―「なんとかならないか」と相談されて、そこからどのような行動をとったのですか。
猪飼
実は、最初はノープランでした。ただ、大家さんが「いろんな人が来てくれる場所にしたい」とおっしゃって。私自身も「人が集まる場づくり」をテーマに空き家再生の仕事を始めたので、そこで意気投合したんです。「確かに銭湯って、そもそもは地域の社交場、人が集まる場だったよな」って。
肩書や年齢、国籍も関係なく、みんながフラットでいられる場、それが銭湯です。だったら、もう浴槽にお湯をはることはできないけれど、“社交場としての銭湯”として立ち返ればよいのではないかと気がついた。
それで、お茶やお酒が飲めたり、食事したりできるように飲食店営業許可証を取得しました。カフェやBarとして展開できると、世代を問わず、もっと入りやすくなるだろうと思いましてね。なんせ唐破風造りの外観が、よくも悪くもイカツすぎるので。来訪者のハードルを下げたかったんです。
―ということは、カフェにしようと計画しておられたのですか。
猪飼
カフェの要素があるといいなとは思っていました。ただ、飲食店営業の許可が取れたものの、自分で店をやりたかったわけではないんです。「どうしようかな」と悩んでいたとき、たまたま、カフェの開業を目指している男性と出会いました。なんでも「決まっていた物件から突然、追い出されて困っている」と。渡りに船というか、「だったら、うちのキッチン使いなよ」と声をかけたのです。
―キッチンを作ったものの運用する人がいなくて困っている人と、飲食店がやりたいけれど店がない人が偶然出会うって、すごいタイミングですね。
猪飼
そうなんです。場を作ろうとすると、なぜか必ず、ふさわしい人が目の前に現れる。私の人生、ずっとそんな感じなんです。
業態がなんとなく見えてきたのも、このキッチンの一件がきっかけですね。自分がやりたいことがある人たちがこの場所を借り、それぞれがカフェをやったり、カルチャースクールを開いたりすれば運営できるのではないかと。そうして2018年11月に「レンタルスペース九条湯」という名前で、キッチンやスペースを貸す場所としてオープンしました。
館内入ってすぐのスペースは脱衣所からリノベーション
オープンするにあたり、銭湯をどのように改装したのでしょうか。
―多種多様な建具が壁面を彩るなど、とても個性的で魅力的な建築だと思います。空間づくりのポイントや工夫には、どのようなものがありますか。
女湯と男湯に分かれている銭湯の特性を活かし、旧女湯は飲食可能な場所に、旧男湯は銭湯の姿をそのまま残したレンタルスペースに、というふうに用途を別々にしようと考えました。

旧女湯のリノベーション後の風景(提供写真)
―旧女湯はどのように変化しましたか。
女湯はサウナ室・音波風呂・電気風呂・岩風呂だった場所をキッチンに転用しています。岩風呂の岩は大家さんのお父さんが自分で運んできた思い入れがあるものだったので、これはそのまま残そうと。
転用後のキッチン。一角には岩風呂の名残が
そして洗い場だったところを潰し、バーカウンターと厨房を設えました。さらに、去年からBAR営業を開始したメンバーがイベント用のカウンターを新設し、DJブースやトークイベントに利用されています。
バーカウンターとDJブース。一部、洗い場だった名残で蛇口跡が残っている
お客さんはカウンターや浴槽の中で飲食したりゲームをしたりして過ごします。浴槽の中にはこたつを置き、VIP席と呼んでいるんです。
とはいえ、定位置で座って飲むだけではなく、DJイベントだったらみんな踊っていますし、「ガンダムについてトークする」といったテーマのイベントなら、集まっておしゃべりする。皆さん本当に自由に使っていますね。
浴槽を生かしてこたつエリアになった
―銭湯という場所だからこそできた工夫はありますか。
やはり、備品の再利用ですね。補修の際に剥がれたタイルが残っていたので、スタッフがハンドメイドでドリンクのコースターにしてくれました。このコースターでドリンクを提供すると、お客さんのテンションが爆上がりするんです。
タイルといえば、浴槽を一つ壊したときに出たタイルの残骸を使ってテーブルにしています。
タイルだったものを生かしてテーブルの天板に
あとは下駄箱の木札ですね。下駄箱を処分する際、木札は残しておいたんです。そしてオーダーナンバーのプレートとして利用しています。年季が入った木札ですから、「雰囲気が出る」と好評なんですよ。
―どれも銭湯だからこそできる再利用ですね。玄関の番台もそのまま残っていて感動しました。番台の跡は何かに用いているのですか。
番台は皆さん、イベントの受付台として使っています。私から「番台で受付をしてほしい」と伝えたことは1度もないのですが、言われなくても好んで番台を使いたがるのがおもしろい現象です。
もともと番台は先代の店主の奥様がずっと座っておられたそうで、銭湯だった時代の記憶がある人たちにとっても思い出深いもの。それを今の人たちが楽しんで使ってくれるのだから、番台を残しておいて本当によかったです。
入口すぐの場所にある番台は、そのまま積極的に使用されている
―天井から吊られた懐かしいプロペラ(シーリングファン)や、女湯と男湯を区切る間仕切壁の大きな鏡と鏡広告もきれいに保存されていて驚きました。
大家さんはこだわりがない人なので、「じゃまなものは壊しちゃっていいよ」とおっしゃったのですが、いやいや、もったいないと。銭湯の設備や備品がこんなに美麗な状態で保存されているケースはなかなかないです。それなので私からお願いして残してもらいました。とはいえカードゲームのイベントをすると、手の内が鏡で丸見えになってしまうので(笑)、そこだけが難点ですね。
―男湯は、ほぼ手を加えておられないのですね。
そうなんです。男湯は空き地をイメージしています。空き地って子どもたちが勝手にルールを考えて遊ぶじゃないですか。いろんな人が集まって、危険だったり、公序良俗に反するイベントだったりではない限り、なにをしてもらってもよい。そんな空き地のような空間にしたかったんです。
だから、初めてつくったパンフレットには「あなたなら、ここをどう使いますか?」っていうキャッチコピーをつけていました。実際に楽器の演奏や演劇にも使われた例があるんです。
レギュラーではインバウンド向けにお琴と三味線の演奏会を定期的に行っています。もともとは演奏会のフライヤーを置くためだけに訪れた人たちだったのですが、「うちでも演奏しませんか」と声を掛けたら「やるやる!」って。
―浴室で三味線……シュールな光景ですね。銭湯という場所は演奏に適しているのでしょうか。
適していると思います。偶然の産物なんですが、ライブでもDJイベントでも、タイルの効果で音の返りがすごいんですよ。とある演奏家は「猪飼さん、ここの反響、最高や。べろんべろんになるわ」と陶酔していました。

実際に三味線を用いてのイベントの様子(提供写真)
新しい出会いを生み出す「コミュニティHUB」へと進化
―「コワーケーションスペース九条湯」と名を改めたのはどうしてですか。
きっかけはコロナ禍でした。緊急事態宣言やイベントの自粛要請などでスペースを貸し出せず運営が困難になり、「この機会に今後の方針を見直そう」と考えたんです。そして、「このままずっと単なるレンタルスペースでよいのだろうか」と疑問を抱くようになりました。
もっと地域の方がくつろげたり、自身の活動拠点にしたり、海外の方が交流を求めて遊びに来たり、そんな新しい何が生まれる“コミュニティHUB (ハブ)”にしたかった。それで、活動・仕事・体験の意味を含んだ造語「コワーケーション (コミュニケーション+ワーク) スペース」と名乗り、2021年4月にリニューアルオープンしたんです。
―具体的に何が変わったのでしょうか。
旧来のレンタルスペースのシステムは維持しつつも、新たにコミュニティマネージャーという役割を作りました。ここでコミュニティを形成しようと考えている方々が、自分がやりたい企画を定期的に開催してゆく。農福連携の生産者さんが規格外野菜でランチをふるまうほか、哲学対話などの意識が高いイベントから、いらなくなった子どものモノの交換会など、主催するメンバーに応じて訪れる人の属性がバラバラなのが面白いですね。
そしてレンタル料をとらなかったり安くしたりするかわりに、この九条湯の運営を手伝ってね、というふうにしたんです。
自分自身もボードゲームが大好きなので、ボードゲームのイベントの際は僕がコミュニティマネージャーになります。会員制などではなく一般参加可能です。そして他のコミュニティマネージャーにも「閉じたコミュニティはいやだから貸し切りにはしないでね」と伝えているんです。
旧女湯にはさまざまなボードゲームが並ぶ
―コワーケーションスペース九条湯のことを私もボードゲームイベントで知りました。こちらはボードゲームの人気スポットとしても知られていますね。
コレクターのなかではまだまだ数が少ない方ですが、ここにはピーク時に200種類以上のボードゲームがありました。実はボードゲームイベントから2組の夫婦が誕生したんですよ。そのうち1組は、私なんですが(笑)。
―ええ! 猪飼さんは九条湯でのボードゲームイベントを通じてご結婚なさったのですか。それはめでたい。ここは本当に縁結びの場所なのですね。
カレー好きな人とボードゲーム好きな人がイベントを通じて共感し、インドパンとカレーを知るカードゲーム「ATSU ATSU !! Parotta(アツアツパロタ)」がクラウドファンディングで完成するなど、リニューアルオープン4年ですでにさまざまな効果が表れています。私には「おもしろい場を作れば、おもしろい人が集まる」という持論があるのですが、間違っていなかったな。
だからこそ、「ゆるさ」の持続が重要です。コミュニティが深まってゆくと、どんどん常連だけが居心地がよい閉鎖的な空気が漂ってしまう。そうなってくると、おもしろいマッチングって生まれない。混ざらない。トガッた感性の方々と出会ったらどんどん声をかけて輪を広げてゆく軽快さと、近所のお母さんたちが気軽に遊びにこれるのんびりと開放的な雰囲気、それを両立させてこそ、私が考えるコミュニティHUBなんです。
―コミュニティを育てつつ、閉鎖的な雰囲気にならないようにするためには、どのようにすればいいでしょうか。
自分の色を抑えることです。こんなすごい銭湯を管理運営していたら、どうしても自分のカラーを出したくなるじゃないですか。でもそれって間口を狭くしてしまうし、人が集まる場である銭湯のように、いろんな人が入りやすい「ゆるさ」にならないんです。
間口を広くするためには、腹をくくって半分はスタッフやコミュニティマネージャーに任せてしまうこと。それがよい湯加減の場所にする秘訣だと思います。
猪飼仍之
空き家再生イノベーター
1972年、京都の清水焼の商家に生まれる。空き家再生の合同会社「猪べーしょんハウス」を起業後、2018年に「レンタルスペース九条湯」と隣接するゲストハウス「Kyoto Kujo Inn」のプロデュースと運営を開始。2021年4月から「コワーケーションスペース九条湯」として新たな体制で再始動。
取材・執筆:吉村智樹 撮影:古木絢也 編集:桒田萌(ノオト)

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