親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
人気のあのお店や場所には、なぜ人が集まるのか? 連載企画「人が集まる、場のヒミツ」では、お店・空間づくりのポイントや、その背景にある想いやこだわり、そして魅力的なエピソードの数々から、「愛される場所」の秘密を紐解きます。
第10回に登場するのは、江戸後期に栄え、今でも多くの寺社や木造家屋が建ち並ぶまち・谷中(東京)の古民家「未来定番研究所」。株式会社 大丸松坂屋百貨店のマーケティング組織が運営する拠点です。
活動の目的は、5年先の未来の定番となるモノやコトのタネを発掘し、育てること。サステナビリティやクリエイティブと絡めたユニークな活動をおこない、生活者のコミュニティの起点にもなっているとか。
歴史ある街から見つめる未来とは? 地域から愛される場となるためには? 老舗百貨店が仕掛ける「愛される場」のヒミツに迫ります。
生活者の立場から、未来の定番を探る
—未来定番研究所は、2017年に発足したそうですね。まずは、どのような組織なのか教えてください。
未来定番研究所員
未来定番研究所は、株式会社 大丸松坂屋百貨店のマーケティング組織の拠点として設立されました。私たちが目指しているのは、未来に向けて新しい定番を作り出すことです。
百貨店というのは非常に歴史のある業態ですが、その一方で、過去に縛られることなく、未来に向けた新しい価値を見つけ出していく必要があると感じていました。
設立の大きな目的は、研究所員が生活者に近い存在として、というよりも、生活者そのものとして、「未来に定番となる価値」を発見し、育てること。未来の生活者が何を求め、どのようなライフスタイルを送るのか、そのタネを今から探し出し、私たちが先駆けてその価値を発信していくのが未来定番研究所の役割です。
(画像提供:未来定番研究所)
―なるほど。従来のマーケティングとはどう違うのでしょうか?
未来定番研究所員
一般的なマーケティングは、過去のデータや消費者行動をもとに分析や予想をするのに対して、私たちは生活者の目線から「まだ誰も気づいていない未来の価値」を探し、それを形にしていく取り組みをしています。5年後に定番となるライフスタイルやサービスを発見し、社会にとって本当に重要な価値を見つけ出すのが私たちの使命です。
地域社会やクリエイター、アーティストとの連携によって未来の定番となる価値を育てています。ほかにも、未来定番研究所のオウンドメディア「FUTURE IS NOW(F.I.N.)」での取材を通して「時代の目利き」たちと出会い、ヒントを得ることもあります。
イベントの様子(画像提供:未来定番研究所)
歴史ある街・谷中で、暮らすように働く
―将来流行りそうなもの、ではなくて、定番を育てるというのは面白いアプローチですね。未来を考えるにあたり、谷中を選ばれたのはなぜですか?
トレンドを探る拠点と聞くと、渋谷や青山をイメージするかもしれませんね。谷中のような伝統ある地域はある意味、未来とは真逆の存在に感じられるかもしれません。
しかし、長い歴史が蓄積され、地域コミュニティが非常に強固なこの地域は、私たちの取り組みと非常に相性がよいと思っています。私たちが目指すのは、過去の歴史を尊重しつつ、未来に向けた価値を見つけ出すこと。だからこそ、谷中のような場所で未来を考えることに大きな意義があると考えました。
築約100年の日本家屋の趣きをそのまま生かしている(画像提供:未来定番研究所)
―古民家が拠点になっているのもユニークです。
このオフィスは、築約100年の古い日本家屋「銅菊(どうぎく)」をリノベーションしました。「銅菊」は、この谷中で3代にわたり、銅細工を作る職人さんの住居兼工房です。この家の1階には、銅を加工するための工房があり、職人さんが銅を叩く音や大きな声が町の名物となっていて、職人の町・谷中を象徴する場所でもありました。
その後、長年使われずに放置されていたのですが、株式会社 大丸松坂屋百貨店が借りて、新しくオフィスに作り変えました。
土間には、かつてこの古民家で働き、暮らしていた銅細工職人の古道具が並ぶ(画像提供:未来定番研究所)
―きっとビルのオフィスで働くのとは、まったく違う感覚ですよね。
そうですね。我々は「暮らすように働く」という姿勢で日々の業務に取り組んでいます。
研究所員たちは谷中地域との密接な関わりを大切にしており、地域住民との交流も積極的に行っています。自分たちで掃除をし、窓を開けたり、ごみ出しをしたりと、一般的なオフィスワークとは異なる「身体性」を伴う毎日を過ごしています。
それにより「地域との共感」や「生活者としての感覚」を取り戻せた気がします。古民家がもたらす独特な雰囲気や地域との関わりが、新たな発見や未来を見据えた活動に大きな影響を与えていると思います。
会議は床の間のある和室で。本来は人が「暮らす」場を、そのままオフィスとして生かしている
(画像提供:未来定番研究所)
―古民家を拠点にすることで、訪れる方の反応も変わるものでしょうか。
座布団に座って庭を眺めながら、リラックスした雰囲気で話ができる環境は、オフィスの堅苦しい会議室では得られないもの。この場所に来ると、まずその独特の雰囲気に包まれ、心が落ち着きます。現代的なオフィスビルでは味わえない静けさや、歴史を感じさせる空間が、人々にとって心地よい場所となり、新しいアイデアやインスピレーションが生まれる場になっているようです。
庭には四季折々の花が咲く
自由で開かれた対話が生まれる、古民家ならではの魅力
―地域の方々とどのように関わりを持っていますか?
私たちは、地域の方々と非常に密接に関わっています。例えば、私たちは町内会の行事や地域のイベントに積極的に参加し、地域住民と交流しています。お神輿を担いだり、地域のお祭りを手伝ったりしているんですよ。
―日々の生活の中で、コミュニティと深くつながっているんですね!
古民家に興味のある外国人の方や、谷中を散歩している方が興味深く見ていることもしばしばあります。
―マーケティング組織の拠点……と聞くとちょっと硬い印象を受けますが、古民家の佇まいによって気軽に立ち寄れる場になっているのは面白いです。
さらに、さまざまなクリエイティブな活動やイベントも展開しています。例えば、「コンポスト」をテーマにしたイベントを偶数月に開催しています。地域の方々と一緒に循環型社会の実現について考える機会を提供し、サステナビリティについての意識を深めているんです。
未来定番研究所ではLFCコンポストと協業して、家庭のコンポストでできた堆肥の回収会を行っている
(画像提供・右:未来定番研究所)
また、未来定番ギャラリーではさまざまなアーティストの企画・展示も行っています。
アーティストの個展の様子(画像提供:未来定番研究所)
―内に閉じるのではなく、外に開いた活動をされているんですね。
そうですね。単なるビジネスやマーケティングの視点を超えたイベントを意識しています。
未来の定番を探るイベント「未来定番サロン」では、地域住民や外部の専門家、クリエイターを招き、未来に向けた価値やライフスタイルについて語り合う場となっています。
参加者同士の対話から新たなコラボレーションが生まれたり、意外な発見が得られたりすることも多く、自由でクリエイティブな空気が醸成されているように感じます。
こういった取り組みは、参加者に新しい視点をもたらすだけでなく、私たちが「生活者がどのような未来を思い描いているのか」を考える機会にもなっています。
地域とクリエイターの共創が描く次のステージ
―これまでの取り組みに対して、どのような反響がありますか?
地域住人や参加者からは非常に好意的な反響をいただいています。特に、コンポストプロジェクトは、地元住民の皆さんにとっても日常的な課題である「環境問題」に直結したテーマなので、身近に感じていただいているようです。
さらに、イベントに参加した方々からは「ただ消費するだけでなく、未来について自分で考えるきっかけになった」という声が多く寄せられています。こうした声は、私たちが目指す「未来に定番となる価値」を一緒に見つけ出すという活動の手応えを感じさせてくれます。
「未来定番コンポストイベント」の様子(画像提供:未来定番研究所)
―未来定番研究所は、今後どのように進化していくのでしょうか?
今後も地域やクリエイターと共に、未来を考えるための「愛される場」として存在感を高めたいと思っています。これからも未来に向けた価値を発見し育てるための活動を続けていきます。特に、サステナビリティの観点からさらに多くのプロジェクトを展開し、地域や社会全体に貢献できる場を提供していきたいです。
また、クリエイターやアーティストとのコラボレーションを強化し、新しい文化や未来に向けたライフスタイルを提案する活動も広げていきます。私たちは、地域の方々やクリエイティブな人々と共に、未来の定番となる価値を見つけ、共に育てていきたいと思っています。
私たちが大切にしているのは、未来を共に考え、共に創り上げるプロセスです。これからも、未来定番研究所は「愛される場」として、地域や多くの人々と共に未来の定番を探し続けていきます。
未来定番研究所
2017年3月に設立した、株式会社 大丸松坂屋百貨店社長直轄の部門。5年先の未来を見据えた新しい「定番」を発見し、提案することを目的に、東京・谷中にある築約100年の古民家を拠点に、地域の人々やクリエイターと連携し、持続可能な社会をテーマにした活動を展開。ワークショップやイベントを通じて、未来に役立つアイデアや価値を探し出し、育てている。
ライター:末吉陽子 撮影:吉田一之 編集:モリヤワオン(ノオト)
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