親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
25回目のゲストは、Podcast/YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴さん。出版社の雑誌編集者として働きながら、3つのPodcastへの出演や書籍執筆など、多岐にわたる活動を精力的に続けています。
水野さんがほとんどの時間をここで過ごすと語るのは、分野別に整然と並んだ本が壁を埋め尽くす書斎。読んだ本の内容をNotionに記録し、出先でもスマートフォンで検索できる状態に整えるというアナログとデジタルを組み合わせた知識管理術は、水野さんらしい合理性に溢れています。そんな水野さんに、ワークスペースへのこだわりや仕事のスタイルについて伺いました。
マルチタスクをこなす編集者が、「したいことだらけ」でいられる理由
―「ゆる言語学ラジオ」のイメージが強いですが、本業は雑誌編集者だと伺いました。
そうなんです。会社では、雑誌の特集と連載記事、そして書籍の部署の編集委員を担当しています。個人の活動として、Podcastの「ゆる言語学ラジオ」の台本執筆と出演、「ゆるコンピュータ科学ラジオ」の出演をそれぞれ週に1回。2週に1度のペースで更新している「神保町で会いましょう」というPodcastにも出演しています。それに加えて、こうした取材の対応や、最近では言語学にまつわるシンポジウムへの登壇も増えてきましたね。

「ゆる言語学ラジオ」パーソナリティ・水野太貴さん
―本業の雑誌編集に加えて、Podcastに書籍にと、スケジュールはどのように折り合いをつけているんですか?
平日の日中はすべて会社の仕事に充てているので、それ以外の時間でPodcastや執筆の時間を確保していますね。取材などは雑誌が「合併号休み」のタイミングなど、余裕がある時期にまとめて入れることも多いです。丸一日オフの日は、月に1回あるかないかです。
―休みなく働き続けることで、心が疲弊することはないのでしょうか?
僕は好きで働いてるだけなので、それによって苦しくなることはないですね。以前、ワークライフバランスの研究者にお会いしたときに、「ワークライフバランスという言葉自体が良くない」という話を聞いたんですよ。「本当に大事なのは『ワーク』と『ライフ』のバランスではなく、『したいこと』と『しろと言われてすること』のバランスだ」と。
たとえば、「ライフ」を大切にしろと言われても、同じ「ライフ」に分類される育児や介護などが息抜きになる人は少ないと思うんです。
―確かに「ワーク」ではないけど、息抜きではなさそうです。
僕にとって雑誌編集の仕事は「ワーク」ですが、会いたい人に会って記事をつくるという「したいこと」だから、ストレスがほとんどかからない。「ゆる言語学ラジオ」やそのほかの仕事だって、すべて「したいこと」なので、今の僕は「したいこと」だけをできている、とても健康な状態だなと思っています。もちろん、体を壊さない範囲で働くよう意識はしてますよ。
「気になったら手元に置く」蔵書と、10年以上続くメモ魔の習慣

水野さんの書斎兼ワークスペース。椅子の後ろにも壁一面に本棚がある
―この書斎は、壁一面が本棚に囲まれた、まさにインプットのための場ですね。
本棚は分野別に整理していて、心理学や脳科学、フェミニズム、性愛までさまざまな本がありますが、言語学の本はデスクの左側に置いて、すぐ手に取れるところに配置しています。

デスク左手にある『言語学大辞典』
書斎以外の本棚には経済系の本や雑誌なども置いていますが、基本的にこの書斎に置いているのは、原稿執筆や取材のリサーチの際に使いそうな本です。
―ここにある本は、すべて読んでいるんですか?
いや、せいぜい2、3割じゃないですか(笑)。でも、本は「これを知りたい」と思ったときに手元にあることが大事だと思っていて。ちょっとでも内容が気になったら、買うようにしています。
―月にどのくらい読むんですか?
買うのも読むのも、月に20〜30冊くらいですね。何かを1つ知ると、そこを入り口にまた別のことに興味が出てしまうので、本を読み終わっても好奇心が完結しないんです(笑)。

―Wikipediaを夜通し読んでしまうような感覚に近そうですね。知識に関する収集欲が強いのでしょうか?
メモ魔なのでそうだと思います。実際、読んだ本はNotionに読書メモをつけていて、その本のどんなところが面白かったのか、できる限り構造化して記録するようにしています。
読書メモだけでなく、「うんちくデータベース」というものもありまして。そこにはジャンルごとにさまざまなうんちくが並んでいます。出先で本が手元にないときでも、スマートフォンで簡単に検索して情報を得ることができるんです。
―すごい……本棚を持ち歩いているみたいですね。
こうした記録は本だけではなくて、言葉や、論文、広告のコピー、歌詞の用例など、日常で見かけた面白いと思ったものはすべてNotionに放り込んでデータベース化しています。
そのほかにも、飲んだクラフトビールを2018年からSNSで記録し続けていて、いまでは4200種類飲んでいますし、読書SNSも匿名で10年以上続けているので、もはや記録すること自体が趣味になってますね。

クラフトビールをメモしているスマホ画面を見せてくれる水野さん。
「同じクラフトビールは飲まないようにしている」と教えてくれた
手の届く範囲で完結する合理的なワークスペース
―それでは、デスク周りのこだわりを教えてください。モニターを窓際のカウンターに置いているのが印象的です。

窓際のスペースにモニターを配置
ありがとうございます。自分とモニターとの位置を離すためにここに置いてみたら、意外とぴったりハマったんですよね。モニター横のスペースに雑誌を置くこともできて、このスペースをかなり有効活用できているなと思います。
ただ、モノ選びのこだわりはあまりなくて、PCは「ゆる言語学ラジオ」の相方である堀元見さんに「コスパが一番いいPC」として教えてもらったものをそのまま買いました。キーボードも、別の知人に教えてもらった「REALFORCE」のものです。
―基本的に、信頼できる人のおすすめをそのまま取り入れるスタイルなんですね。
完全にそうですね。自分でこだわって選ぶタイプではないです。デスクも「サイドテーブルが欲しい」という理由で、サイドテーブルがセットになっているものを選んだだけなので。
―サイドテーブルには何を置いているんですか?
辞書と、まだ読書メモをつけていない本です。辞書を1日2ページ読むことを日課にしていて。新明解国語辞典を3年かけて読み切ったので、ここに置いてあるのは、いま読んでいる別の辞書です。このサイドテーブルには、余裕ができたらすぐ開けるように、自分に視覚的な圧をかけるためのものを置いていますね。

左手にはサイドテーブルを配置。辞書や読書メモをつけたい本を積んでいる
―目の届く範囲に、必要なものをすべて置くことを徹底しているように感じます。
そうですね。ビールを飲みながら仕事することも多いので、栓抜きやコースター、お茶を飲むためのデスク用マグカップヒーターもすぐそこにありますし(笑)、「ここから立ち上がらないで済む」というのは意識しているかもしれないです。


1枚目:デスク用マグカップヒーター
2枚目:ビールの栓抜きや木製のコースター
バロンを選んだのは「働き続けたいから」
―椅子から立ち上がらないということは、1日を椅子の上で過ごすことが多いということだと思いますが、「Baron(バロン)」を選んだ理由はありますか?
長年、デスクの高さと合わない椅子を使っていたからか、体に違和感を覚えていたんです。まずは環境を整えないといけないと思い、書籍執筆が落ち着いた去年の12月にやっと椅子探しを始めました。
「ゆる言語学ラジオ」のリスナーに、ワークチェア専門のセレクトショップ「WORKAHOLIC(ワーカホリック)」(東京都中央区)で働くチェアコンシェルジュの方がいまして。バロンとはそこで出合いました。
―決め手は何だったんですか?
さまざまな椅子を座り比べて思ったのは、椅子には「座る人間をリラックスさせるタイプ」と「姿勢を意識したくなるタイプ」があるな、ということで。
中には、まるで包み込んでくれるような心地よさで、めちゃくちゃ気持ちいい椅子もある。でも、それに座ったら自分は堕落するって思いました(笑)。一方で、バロンは腰をしっかり支えて、ベストなポジションを教えてくれる椅子だと感じました。

バロンに座りながら仕事をする水野さん
そのとき、堀元さんがPCを「社交がしたいのか、働きたいのか」で選んだ話を思い出したんです。デスクトップPCを買ったら、家に籠ることになるので、社交に向かない。社交がしたいのなら、ノートPCを買うべきなのだと。そうやって考えてみて、僕は椅子でリラックスがしたいのではなく、しっかりと座って働き続けることがしたいのだなと思い、バロンに決めました。
積まれた本の数だけ、まだ知らないことがある
―それでは最後に、今後の目標について教えてください。
「ゆる言語学ラジオ」は、2026年の第7回JAPAN PODCAST AWARDSで大賞を受賞し、実は一度やれるところまではやれた感覚があるんです。とはいえ、僕自身「したいから」やっていることなので、これからも楽しんで続けられればと思います。
個人としては、次に言語変化に関する本を書きたいなと。そのために読みたい資料をちょうど今ここに積んでいて、「読まなきゃ」と自分に圧をかけています(笑)。

―「読まなきゃ」と思うものが常に視界に入ってくるのは、プレッシャーになることはないんですか?
ネガティブなプレッシャーにはならないですね。言ってしまえば、この空間にある本はすべて「僕が知りたいこと」なんですよ。それが毎日目に入るのは、悪い気分ではないです。


部屋のあちこちに本が積まれている
―なるほど、目に入るものはすべて、これからの「楽しみ」ですもんね。
こことは別に、寝室の本棚には「いま読みたいもの」を置くようにしています。そこに置いてあるのは、今度会う予定の人が書いた本とか、自分がもう一度調べてみたいなと思っている本とか。そういった本を見るたびに、まだまだこんなに知りたいことがあるなんてありがたいなって思います。

取材・執筆:早川大輝 写真:飯本貴子 編集:桒田萌(ノオト)
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