親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
24回目のゲストは、作曲家・ゲームプロデューサーの古代祐三さんです。古代さんは『イース』『湾岸ミッドナイトMAXIMUM TUNE』『世界樹の迷宮』など、1980年代から数々のゲーム音楽を手掛けてきた、“ゲーム音楽界のレジェンド”。近年はゲームプロデューサーとして『アーシオン』を手がけるなど、精力的な活動を続けています。
古代さんが楽曲制作に取り組むワークスペースは、マンションの一室を改装したプライベートスタジオ。10年ほど使い続けているというオカムラのバロンをはじめ、長期間に及ぶスタジオワークを支える空間づくりのこだわりについて伺いました。
バンドの録音も可能なプライベートスタジオ
―このプライベートスタジオはいつごろ完成したのでしょうか?
2013年ですね。ここが楽曲制作の中心となるコントロールルームで、他の3部屋はギターなどの録音ブースになっています。1番大きい部屋にはグランドピアノがあって、同じ空間にドラムなども置けますよ。


プライベートスタジオのコントロールルーム(写真左)。別室の録音ブース(写真右)にはボーカル用のセットも
―ゲーム音楽には電子音のイメージがありますけど、今は生の楽器も使われるんですね。
そうですね。演奏に使う楽器やソフトウェアは、一般のミュージシャンとほぼ同じです。最近はゲームだからといって特別な作り方はしなくなりましたね。
このスタジオを作ったときも、バンドでレコーディングができるようにしたくて、4人まで同時に録音できるように設計しました。内装にもこだわっていて、床には無垢材、壁には漆喰を使っています。

作曲家・ゲームプロデューサー 古代祐三さん
こうしたマンションを改装したスタジオの場合、普通はコントロールルームを広くとって、レコーディングは他のスタジオでやるのが一般的なんです。でもここは逆で、コントロールルームを狭くして、録音ブースを広くしました。私は作曲が専門ですし、集中力を高めるうえではコンパクトなほうがいいんです。
―手の届く範囲に機材がひしめき合っていて、まるでコックピットみたいですね。あっ、これは往年のセガのゲーム機、メガドライブ(※)……!
※メガドライブ:1988年にセガが発売した16ビットの家庭用ゲーム機


懐かしのメガドライブ(写真左)とブラウン管テレビ(写真右)
昨年、私が代表を務めるエインシャントでリリースした『アーシオン』の開発で使ったものです。メガドライブで動くシューティングゲームを「新作」として開発したんですよ。
当時のハードウェアの制限でゲームや曲を作るのは大変でしたけど、やりがいも大きかったですね。古いテレビでプレイした感じもつかみたかったので、デバッグにはブラウン管テレビも使いました。
―廊下にも古いハードや書籍がたくさんありましたが、スタジオ内にはあまりゲーム関連のグッズは置かれていないんですね。
そうですね。むしろゲームとは関係ない、キャラクターものを置くことが多いです。最近は娘といっしょに『んぽちゃむ』にハマっていて、たまにフィギュアを飾って癒されています(笑)。
ユーザーが気持ちよく遊べるかどうかを考えながら
―そもそも、ゲーム音楽はどのような流れで作られるのでしょうか。
まずは制作中のゲームの資料や、クライアントとの打ち合わせを通じて方向性を確認します。その後、曲を作ってみて、「こんな感じでどうですか?」と細かくやり取りしながら進めていく感じです。


古代さんの机上には、音楽制作に必須のさまざまな機材が並ぶ
今は動画やデモを提供してくれるメーカーも増えたので、打ち合わせが非常にやりやすくなりました。昔はシナリオやイラストが紙で何枚も送られてきて、やり取りもFAXでしたから。
―曲を作ってみたものの、先方から「イメージと違う」と言われることも?
ありますね。40年近くやっていると、受け手がゲーム音楽に抱くイメージが変わってきたのを感じます。
昔のゲームは鳴らせる音に制限がありました。たとえばファミコンなら、同時に鳴らせる音は3音まで。できることが限られているから、「大体イメージと合っていればOK」だったんですね。
最近のゲームは音源がリアルになり、制限を気にする必要もありません。ただ、表現できる幅が広がったぶん、受け取り方の幅も広くなりました。こちらが「エキサイティングな曲」を作っても、音の選び方ひとつで、相手は全然エキサイティングだと思わない、ということも起きるようになったんです。
―なるほど……。リアルに近づいたことで、「こんな感じの曲がほしい」の“こんな感じ”の解像度が、より高まったわけですね。そうした変化のなかで、古代さんは曲作りにどう向き合っているのでしょうか。
ずっと大事にしているのは、「相手が何を求めているか」「ユーザーがどう考えているか」を重視することですね。
ゲーム音楽の仕事は、自分の中から湧き上がるものだけを見つめるわけにはいきません。そのゲーム自体が持つテンポやリズムに音楽が合っているか、ユーザーが気持ちよく遊べるかどうかを考えながら作らないといけない。
今は、知識と機材さえあれば誰でも一定のクオリティの曲を作れる時代です。だからこそ「相手が望むものを落とし込めるか」「ゲームをよく理解しているか」が、より問われるようになってきたと思いますね。
スタジオワークの一日を支えるワークチェア
―古代さんの1日の流れを教えてください。
多いときは年間で10本ほどのプロジェクトが走っていて、楽曲制作中は1日の半分以上をスタジオで過ごしています。2,3年前からジムに行くようにしましたが、それ以外はだいたいここに座っていますね。
―まさにこちらのバロンに座られているわけですね。
バロンは、一緒に仕事をしていたエンジニアさんから「座り心地がいい」とお勧めされたんです。スタジオができて2、3年後のことだから、ちょうど10年くらい前ですね。
当時の自分は椅子にこだわりがなくて、1万円くらいのオフィスチェアでずっと仕事をしていたんですよ。エンジニアさんを信じてバロンを買ってみたら、もう全然違う(笑)。長時間座っても、腰やお尻に違和感を感じにくいんです。飛行機だって2,3時間乗っていたら下半身がつらくなってくるじゃないですか。そういうのがないんですよね。結局、初代のバロンは10年間使いました。

―ということは、今こちらにあるバロンは?
最近新調した2代目です。最初はサスペンションがちょっと硬いかな?と思いましたが、それが逆にちょうど良く感じるようになりました。硬すぎず、それでいて柔らかすぎない感じで、とても気に入っています。
―このバロンも、この先10年使うかもしれませんね。
そうですね。いま58歳なので、10年後は68歳か。恐ろしいな(笑)。まだまだ頑張るつもりですが、体はどうしても衰えていくでしょうから、ますます椅子が大事になるでしょうね。デスクワークの方は絶対に椅子をケチっちゃ駄目ですよ。体への投資ですから。

古代さんが愛用する、オカムラのバロン2代目
香りへのこだわりと、気分転換の流儀
―それにしても……。先ほどからずっといい香りがしているのですが、これは……?
もともと香水が大好きで、スタジオにもそこら中にディフューザーを置いているんですよ。最近はドラッグストアで買えるフレグランスにもバリエーションが増えたので、色々試して、気に入ったものを使い続けていますね。
―お気に入りの香水はありますか?
どれがいいかな……。そのときの気分で使い分けているんですよ。ジョー・マローンも使いやすいですし、マルジェラもハズレがない感じだし……。定番ですけどディオールのソヴァージュも好きです。あと、これもお気に入りですね。ロエベ 001。

このスタジオには業界紙の取材も結構来ているんですけど、香りを指摘されたのは初めてですよ。まさか香水を持って写真を撮るとは(笑)。
―恐縮です(笑)。ちなみに、楽曲制作に行き詰まったときはどのようにリフレッシュしていますか?
近所のコンビニにコーヒーを買いに行きます。コーヒーが大好きなので、1日3回くらい行くんです。すっかり店員さんに顔を覚えられて、何も言わなくてもカップが出てくるようになりました。キッチンもあるんですが、室内で全部済ませると本当にずっとスタジオにいてしまうので、あえて外に出るようにしています。
―作曲で悩んでいるとき、外を散歩するといいメロディが降りてきたり、ということも?
あまりその辺で苦労することは少なくて、どちらかというと「相手がどう感じるか」に悩むことが多いですね。
繰り返しになりますが、ゲーム音楽はクライアントやユーザーがどう感じるかが一番大事です。自分がいい曲だと思っても、相手がいい曲と思うとは限らない。そのギャップを埋める作業で煮詰まることのほうが多いです。向こうはどう考えているんだろう?と。
―そういうときに「コーヒーでも飲むか」と。
そう、相手がいることなので、悩んでもしょうがないこともあるんですよ。気にしすぎても仕方ないので、意識的に気持ちを切り替えるようにしています。
この辺りは川も近いし、気分転換にはいいロケーションなんです。クリエイティブとは違う部分で悩み始めたら、外の空気を吸いに出るようにしていますね。
「原点」に立ち返り、今できる新しいものを作りたい
―最後に、古代さんが今後やりたいことを聞かせてください。
やりたいことはたくさんあるんです。音楽だと、歌ものとオーケストラものは、仕事とは関係なく機会を見つけてやれたらと考えています。
特に歌ものは、昭和歌謡のような大人数のバンド編成でやってみたい。昔の『ザ・ベストテン』とか、ひな壇に奏者がたくさんいたじゃないですか。あのサウンドがすごく好きなんですよね。
私の音楽の原点はクラシックですが、子どものころに聞いていた歌謡曲もまた原点のひとつです。生楽器に魅力を感じているからこそ、このスタジオを作りましたしね。現代の解釈で作り直したものでもない、かといって単なるノスタルジックでは済まさない、本格的な「昭和サウンド」を作るのが夢です。

―音楽以外の部分ではいかがですか?
『アーシオン』のように、昔のハードで動くゲームをもっと作りたいですね。これもレトロゲームを現代の解釈で作り直したものではなく、当時の制約そのままで、本格的に作ったものです。自社開発ということもあり、納得いくまでクオリティを追求できたのも良かったですね。ありがたいことに国内外で評価をされているので、さらにこの方向を突き詰められたらと。
あと仕事と関係ない夢としては、レトロゲーセンを作りたいんですよね。私、テーブル筐体(※)が大好きなんですよ。テーブル筐体を並べた店を作りたくて。
※テーブル筐体:1970年代後半から1980年前半にかけて流行した、テーブル型の業務用ビデオゲーム機。有名タイトルは「スペースインベーダー」など
―いいですね……! 100円玉を積んでスペースインベーダーとかやりたいですね。
業界に長くいるだけあって、テーブル筐体を持っている知り合いも多いんです。趣味で倉庫を借りて保管している人もいて。この話をしたら「絶対持っていく」と言ってました(笑)
―音楽もゲームも、古代さんが好きなものをさらに追求していく形ですね。
そうですね。かつて通ってきた原点にもう一度立ち返って、今の自分が作れる新しいものを世に出せたらと思っています。
取材・執筆=井上マサキ 写真=塩川雄也 編集=モリヤワオン(ノオト)
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