親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
19回目のゲストは、作家の高橋源一郎さん。1981年に『さようなら、ギャングたち』(講談社)で作家デビューを果たして以来、数多くの文学賞を受賞し、40年以上にわたり小説、文芸評論、エッセイなど文学界の第一線で活躍を続けてきました。
「緑色の細いサインペンで原稿用紙に手書きしていた」時代から始まり、ワープロやPCへの道具に移行はもちろん、約40回もの引っ越しを繰り返しながら執筆環境を変えてきたベテラン作家がたどり着いた現在地について伺いました。
手書きからワープロへ、道具と共に進化した執筆スタイル
―2026年で作家デビュー45周年を迎える高橋さんですが、長いキャリアの中では執筆環境もさまざまな変化があったのではないでしょうか?
そうですねぇ。そもそもぼくの場合は引っ越し回数が多くて、仕事環境もそのたびに変わり続けてきましたから。子どもの頃から数えると、だいたい40回ほど転居を繰り返してきたので、そこいらの不動産屋より物件に詳しいですよ。内見で玄関の前に立っただけで、いい家かどうかわかっちゃう(笑)。
でも最近はさすがに手続きが面倒になったりして、ここ10年は鎌倉の住まいに落ち着いています。2人の息子たちが幼い頃は職住一体の時期もありましたが、今は家族と暮らす自宅と、執筆のための仕事場を別々に分けています。

小説家、文芸評論家・高橋源一郎さん
—高橋さんが小説を書き始めた1980年代は、作家の執筆といえばやはり手書きが主流でしたか?
もちろんです。デビュー作の『さようなら、ギャングたち』と、2作目の長編『虹の彼方に(オーヴァー・ザ・レインボウ)』は原稿用紙に緑色の細いサインペンで書きました。なぜサインペンかというと、筆圧が強いから。万年筆やボールペンだと手が疲れちゃうからなんですよ。
そこからワープロに移行したのは1980年代半ばくらいかな。作家の中でもかなり早いほうでしたね。日本の小説家で最初にワープロを使って作品を書いたのは安部公房さんだと言われていますが、ぼくがおそらく3番目くらいでしょう。1980年に富士通が開発した「OASYS 100」というモデルを使っていました。
「OASYS 100」は日本語入力に特化した親指シフト配列のキーボードが特徴でしたが、ぼくはワープロからPCに変わった今も親指シフトのキーボードで執筆しているんですよ。これが一番速く書けるので。ただ、取扱店がもはや日本にほとんどないので、いざというとき困らないように予備のキーボードを7台買い溜めしています。まだ100年くらい生きるつもりかよ、って感じですが(笑)。

現在もワークスペースでは親指シフトのキーボードを使用している
—原稿用紙とペンから、ワープロ、パソコンへ。道具への並々ならぬ愛着を感じますが、椅子やデスクにも昔からこだわりはありましたか?
家にいる時間が長い仕事ですから、やっぱり机と椅子は気持ちいいものが欲しいな、とは昔から思っていました。だから家具屋に行って気に入ったものが見つかったら、高くても買って試すようにしています。テレビもスピーカーもソファもワークチェアも、高くてもやっぱり一番快適でいいものが欲しくなる。自分の仕事場は快適にしておきたいですから。

愛用のコンテッサにすっかりフィットしている高橋さん
特に、椅子はいいものが欲しかったので、あちこちのショールームに行って実際にいろいろな椅子を座り比べてみましたね。作家なんて1日のうち、ほぼずっと椅子に座って生きているようなものですから。
そんな風に海外の有名メーカーから国産のものまで、あらゆるワークチェアを試して、7年前に購入してからつい最近までずっと愛用していたのが初代コンテッサでした。
—さまざまなワークチェアを吟味した末に、コンテッサに行き着いたのですね。決め手はどこにありましたか?
まず、第一印象がよかった。「さあ、座ってちょうだい」と語りかけてくるような雰囲気がありました(笑)。実際に座ってみたら本当に気持ちがいい。一度使い始めたら、もう他の椅子には戻れませんね。原稿を書く、資料を読む、思索するなど、作家業の全部をコンテッサに座りながら行ってきました。ぼくの体の形にしっくり馴染んでいるし、7年経っても全然どこも壊れないんですよ。
コンテッサを購入したちょうど1年後くらいから、道具だけでなく自分の体にも真剣に向き合うようになったんです。きっかけは、ジーンズがきつくなったこと。
ぼくは昔から太らない体質で、20代の頃からずっと体重63キロを維持できていたんですね。ところが、60代も後半になって代謝が落ちたのか、気づいたら体重がいきなり69キロに増えてしまった。それまでは息子たちと身長・体重がほぼ変わらなくて、同じジーンズを3人で兼用できていたのですが、ぼくだけ履けなくなってしまったんです。それにムカついたので、本気で体づくりに取り組みました。
心身とワークスペースを全方位で整える
―そもそも10代の息子さんたちと60代だった高橋さんが、同じ服を兼用できるスタイルだったことがすごいですが……。体作りは具体的にどんな方法で?
レコーディング・ダイエットから筋トレまで、ありとあらゆる方法を試してみて、自分なりの1日のルーティンができてきました。
まず、朝は5時半にこの仕事場で起きて、自宅まで20分少々かけて歩きます。次に犬の散歩を45分程度。あわせて70分弱で7000歩程度。その後、仕事場に戻ってきて自分のための朝・昼兼用のブランチをつくります。ぼくはブランチと夕食、1日2食なので、たいていは前日の残り物をアレンジしたものですね。土井善晴さんの一汁一菜に影響を受けて、簡単なものばかりですよ。最近ハマっているのは、ポトフにポン酢をちょっと加えたもの。劇的においしくなるのでぜひ試してみてください。
—トレーニングはどんなメニューを?
2日に1回、片足スクワットを150回ずつやる日課も6年前からずっと続けています。一時期は10キロのダンベルを両手に持ちながら、両足に負荷をかけて毎日していたのですが、筋肉を休ませる時間が必要だと教わって今は隔日ペースに落ち着きました。

体力づくりのために使用しているダンベル
体重管理で一番効果があったのはレコーディング・ダイエットでしたね。その日に食べたものや体重等を毎日記録(レコーディング)する有名なダイエットですが、あれをずっと続けてきたおかげで、今では体重計に乗らなくても、その日の自分の体重が「今日は63.5キロだな」といった感覚でプラスマイナス100グラムの精度でわかるようになりました(笑)。
——それはすごいですね!
睡眠もきちんと取るようにしています。今の仕事場は身内に借りている元レストランだった物件なのですが、2階に昇る階段の下にほどよい狭さのデッドスペースがあるんですよ。そこにセミシングルベッドを設置して、上からロールカーテンを取り付け、自分のための完璧なベッドルームに改造しました。そこはさすがに撮影いただくのはダメですが(笑)。
最近は、何時に寝たのか忘れちゃうから枕元に「2:00」のように寝た時間をメモして置いてあるんですよ。起きてそのメモを見て「あ、4時間寝たのか。じゃあもう少し寝よう」と調整できる。ぼくの場合は5時間眠れたらとりあえず足りますが、90分の睡眠サイクルを考えると日中の仮眠と夜の睡眠でトータル6時間眠れたらベストですね。
ただ、ベッドまわりの床に散らばっている時刻のメモを見た家族は、「え、何なのこれ?」と気持ち悪がっていましたが(笑)。

睡眠時に使用する時計。ベッドの上に置いて時間を確認する
——食事、運動、睡眠まで、ワークスペースも含めた生活全般をご自身の哲学でカスタマイズされているのですね。
体づくりのきっかけとなったのはダイエットでしたが、コンテッサといういい道具を手に入れたことで、自分の心身とずっと向き合ってこなかったことに気づいたから。やっぱりずっと書き続けていくためには、心も体もいい状態に保っておかないといけないし、そのためには自分自身にもちゃんと向き合わなければならない。そこまで行くと、もはや哲学の領域かもしれませんが。
このあたりの体づくりの話は、出版予定の新書にまとめる予定ですので、興味がある人は読んでみてください。

オーダーメイドのデスクにフィットする新たな相棒
—最近、新しいコンテッサ セコンダに乗り換えられたそうですが、初代コンテッサと比べると使い心地はいかがですか?
初代と変わらず、すごくいいですよ。座り心地がより柔らかくなった気がしますね。もしかしたら、初代の方に7年の間に固く締めた部分があったからかもしれないけど。これまで使っていたコンテッサもまだまだ使えるので、大学生の長男に譲ることにしました。
キーボードを打っている間、ずっと包まれている感じは変わりませんね。休憩中はヘッドレストにふわっと頭をもたれさせてリラックスしています。
革の素材もあるようですが、ぼくにとっては仕事用の椅子なので初代と変わらずメッシュ素材が好みです。革素材にしたら多分本気で寝ちゃいそうですから(笑)。

—デスクまわりの空間はコンテッサ セコンダを中心に、まるでコックピットのようなレイアウトですね。
「好きに改造していいよ」と貸主に許可をもらえたので、デスクまわりは全部自分で設計しました。壁一面の本棚をデスクと一体化させたものをオーダーメイドでお願いして、必要な資料がすぐに手が届くようにしています。そうは言っても、デスクの方にどんどん資料が積み上がってすぐにカオスになるんですが(笑)。

四方を本や資料に囲まれた執筆デスク
散らかっている状態のほうが実は落ち着くタイプの人もいるかもしれないけど、ぼくとしてはきれいに整理されている状態のほうがもちろん好きなんですよ。ただ、本や資料がたまっていくスピードに片付けが追いつかないだけで。だから、息子たちがたまにここに遊びに来ても、「危ないから入らないで」と立ち入り禁止にしています(笑)。

執筆以外の時間は、勉強のために音楽を聴いているそう。息子さんにおすすめの音楽を教えてもらったり、最近はボーカロイドの音楽をたくさん聴いたりしているとのこと
75歳、ここからが本気の出しどころ
―高橋さんのエッセイを読むと、小説にとどまらず、音楽、アニメからVTuber界隈まで、幅広い最新エンタメを積極的に取り入れている印象を受けます。長年、第一線で活躍を続けてこられた秘訣もそのあたりにあるのでしょうか。
最新のエンタメ情報は、ほとんど息子たちから教えてもらったものです。うちは長男が21歳、次男が19歳なのですが、各自がいいと思った曲やアニメについての情報を共有する家族間のLINEグループがあるんですよ。そこで、次男が気に入ったVTuberを教えてもらって、その人がぼくに馴染みのある時代の曲を扱っていたら、「これが元の曲だよ」と返したり。
50以上も年齢が離れた父親ですから、子どもたちに遊んでもらうには努力が必要なんですよ。でも、結果的にはそれが自分にとってのインプットにもなっています。その時代の一番面白いものを知っているのは、やっぱり若い世代ですから。
―1月1日に75歳の誕生日を迎えられましたが、ここからの作家としての展望を教えてください。
『俺はまだ本気出してないだけ』(青野春秋・小学館)というぼくの大好きな漫画があるのですが、まさに自分の中にも「俺はまだ本気出してないだけ」という感覚があるんですよ。ここまでの人生が準備段階で、しかもちょっとサボっていた自覚もある。だから、75歳になった今ここから、ようやく本気で書いていこうかなと思っています。



高橋源一郎
1981年に『さようなら、ギャングたち』(講談社)で作家デビューし、群像新人長篇小説賞優秀作に選ばれる。その後、『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞を受賞するなど、多くの作品を生み出している。
取材・執筆:阿部花恵 写真:篠原豪太 編集:桒田萌(ノオト)
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