親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
17回目のゲストは、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』や『ガリレオ』シリーズ、劇場版『名探偵コナン』シリーズなど、数々の映像作品の音楽を手がけてきた作曲家の菅野祐悟さん。ドラマやアニメなどを通して、その音楽を耳にしたことがある方もきっと多いであろう、“劇伴作曲家の旗手”です。
菅野さんは、優れた音楽を生み出すための“仕組み化”を心がけているそう。その姿勢は楽曲制作の進め方だけでなく、ワークスペースのつくり方にも表れています。そして、年齢を重ねるごとに重要な存在になっていっているという椅子の存在についても、お話を伺いました。
物心ついた頃から「作曲家になる」の一択だった
―菅野さんが作曲家になろうと思ったきっかけを教えてください。
幼稚園のときからヤマハ音楽教室に通っていて、小学1年生になると作曲のレッスンが始まるんです。それが楽しくて。
それくらいの子どもって「パイロットになりたい」「サッカー選手になりたい」とか、ぼんやりしたことを言うじゃないですか。それぐらいの感じで具体的なビジョンはなかったんですけど、よくわからないなりに「作曲家になりたい」みたいな。
やっぱり、音楽をずっとやっていたので物心ついた頃から「作曲家になる」とはずっと言っていました。途中で違う職業のことを考えたことは一度もないです。オタマジャクシとして生まれたら「俺はカエルになる」と決まっていて、途中で「俺、牛になろうかな」とはならないのと同じ理屈です(笑)。

作曲家の菅野祐悟さん
―なかでも、映画やドラマ、アニメの音楽を手かける作曲家になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
父親が音楽好きで家のなかではクラシックやジャズ、そして映画音楽がよく流れていました。クラシックでもジャズでもないし、当時流行っていた光GENJIのようなポップスでもない、ものすごく美しいメロディが流れてくるわけです。「こんなに美しい音楽を書く職業が世の中にあるのか!」と知り、「こういう最高な仕事があるなら自分もやりたい」と思うようになりました。
あと、親が大河ドラマを見ていたことも大きかったです。毎週、オープニングで大河ドラマのテーマ曲が流れるなか、音楽を担当した人の名前が毛筆で“ドン!”と画面にでっかく書かれるんです。それを見て、「俺もやりたい」って(笑)。
テレビシリーズと映画では劇伴の制作方法が違う
―映画やドラマの音楽は、どのようにつくられていくのでしょうか?
大きく分けて、テレビシリーズと映画の2つのパターンがあります。
連ドラなどのテレビシリーズだと作曲時に映像は一切できておらず、脚本は2話くらいまでしか完成していません。その状態でだいたい全10話分の20~30曲をつくって提出します。だから、監督やプロデューサーに「最後はどうなるの?」「この登場人物はどんなふうになっていくの?」などいろんな可能性を聞き、展開を想像しながら10話分を制作します。
逆に、映画の場合は編集も済んだ完成状態の映像を最初に渡され、「何秒から何秒はこういう音楽」と考えながら0.1秒単位でシーンに合わせた音楽をつくっていきます。

―ということは、テレビシリーズの音楽をつくるときはそこまで秒数を意識しないのでしょうか?
はい。だから、3分の曲をつくってもシーンによっては30秒で切れちゃうかもしれないし、10分ぐらい流しっぱなしになる可能性もあります。いろんなことが想定できるので、「曲の最初と最後をくっつけたらきれいな曲になるようにしよう」「途中でテンポが変わったけど、終盤でテンポを戻してこことここがくっつくようにしよう」と、切り貼りできるよう曲をつくっていきます。
テレビシリーズと映画、どちらのパターンもそれぞれおもしろさがあります。テレビシリーズの場合は純粋な一曲をつくれるので、音楽的に充実した感覚がありますね。
一方、映画の場合は映像にピタッと合わせて音楽をつくるから、劇伴作曲家としてのさまざまな技を試すことができます。たとえば、クライマックスシーンでは3秒前から音楽を盛り上げようか? それまでは静かな音楽にして、決定的な瞬間にワッと盛り上げようか? など。
細かい部分に気を配ると、音楽の効果はかなり変わっていきます。つまり、映画音楽は劇伴の展開を工夫することで、演出や観客に与える印象を大きく変えられる楽しさがあります。

及第点をクリアするために意識した作業の“仕組み化”
―菅野さんの1日はどのように進んでいくのでしょうか?
だいたい昼前くらいに起きて、まずはピラティスに行きます。その後に食事をし、そこから映画やコンサート、美術館などの鑑賞に行きます。
平均して1日に1~2曲、年に数百曲のペースで仕事をしているのですが、惰性で曲を作ることだけはしたくないんです。だから、いろいろなものを鑑賞しながら「音楽制作をしたい」という脳みそをセットアップしていく感覚です。そして、夜に音楽制作の作業が始まり、その作業はだいたい深夜4時くらいまで続きます。
音楽制作以外にも仕事があって、たとえば音楽に関するテキストを執筆したり、サントラの曲名を考えたり。今は僕が監督を務める映画を撮っている最中なので、絵コンテを考えたり、脚本を書いたりする仕事も抱えています。それらの仕事は、わりと昼に進めることが多いです。
―「歩いていたら、ふと曲が降りてくる」という話を聞くこともありますが、音楽制作に関しては、やはりワークスペースの存在は重要なのでしょうか?
作曲以外の仕事は、意外とカフェでやったほうがはかどります。でも、作曲の場合はキーボードで音を確かめたり、打ち込みの工程があったりするから、自分のワークスペースでやらざるを得ません。忙しい時期はここに10時間以上こもることもあるので、快適にしておく必要がありますよね。
そのために重視しているのは、マシンが快適に動くようにしておくこと。定期的に機材をアップグレードし、現状で最もいい状態にしておきます。そうしないと、最先端の作業環境と音が担保できません。その部分に関しては、かなりお金を費やしています。


モニター横に設置されたスピーカー(Genelec HT206B)と、PC用キーボードと並列して置かれた鍵盤(Keystation 88 MK3)
僕の楽曲制作にクオリティがいいときと悪いときがあったら、クライアントも依頼しづらくなりますよね。自分の中にある及第点を崩さないクオリティの音楽を供給し続けたい。そのためには、いろんな機能を安定させていくことが大事です。機材のトラブル一つで効率は下がってしまうし、自分のインプットが足りなければ作業は止まってしまいます。それらを防ぎ、おもしろいものをつくるための「仕組みの構築」は意識しています。

ワークスペースには多くのCDがあり、仕事の参考にすることも
―「仕組みの構築」?
たとえば、この作業場にはレコーディングできるスペースがあり、ミュージシャンに来てもらって音楽を録ることができます。レコーディングが全部終わった後に納得がいかない部分が出てきたとしても、ピアノやヴァイオリンの演奏をここでパッと録音できる。そういうところも含め、システマチックにしました。
このワークスペース以外にもピアノが置いてある地下スタジオが近所にありますし、僕が1人で作曲に集中できる空間も別にあります。そして、この部屋はアシスタントとのミーティングなどチームワーク的な作業がしやすいようにしました。僕のメイン空間、心臓部ともいえる作業場です。

部屋の形に沿って、L字にセットされたデスク
―パソコンやキーボードが置いてあるデスクの形が、大まかにL字になっていて特徴的ですね。
このデスクは自分の作業用にカスタマイズし、オリジナルで作ってもらったオーダーメイドです。約20年前からこの部屋を使っていますが、その頃から設置してあります。
デスクを発注したとき、特に高さと奥行きに気をつけました。パソコンのキーボードと鍵盤、モニター、スピーカーがベストの配置で置けるような奥行き。鍵盤とキーボードを触るときにちょうど無理のない高さ。そして、必要な機材をすっきりと収められる形。
これらのこだわりを満たせるよう、いろいろと制限があるなかで、バランスを取りながら最適解を出すという感じ。僕自身、すごくこだわり屋で細かい性分なんですね。でも、一つのことにばかり強くこだわると、ほかの部分の精度が低くなってしまいます。
楽曲制作も同じかもしれません。「予算があまりないから、やりたいことができない」という状況に陥ったとしても、ほかの要素で補完しながら最適解を目指して、最終的には総合力で物事を考えるイメージです。
椅子とピラティスで腰への負担を軽減
―楽曲制作の最中は、どんな体勢になることが多いですか?
集中して鍵盤を弾いていると、やっぱり前傾姿勢になりますよね。作曲家は首や腰を痛めたりヘルニアになったりする人が多いんです。
僕がピラティスを始めた理由は、椅子に長時間座ることが多いので、なるべく体に負担がかからない姿勢を身につけるという目的からです。生まれつき姿勢は悪かったので、それも矯正したいなと。
姿勢が悪いと頚椎にも腰にも負担がかかります。そうなると、座る体勢が長いほど体はボロボロになっていきます。
―菅野さんはオカムラの「バロン」を使っていると伺いました。
前に別のチェアを使っていたとき、「そろそろ替え時だな」というタイミングに椅子のセレクトショップへ行き、いろいろ試してみた結果、オカムラさんであることを意識せずバロンを選びました。本能的に体に負担がかからない、疲れない椅子を選んだのだと思います。
バロンは10年以上前から使っています。歳を重ねるごとに長時間の仕事はどんどんしんどくなってくるので、椅子と運動でごまかしながらなんとかやっています(笑)。

長年使ってきたバロンに座って
―具体的に、バロンのどこが良かったですか?
まず、座った瞬間と背中をつけたときのフィット感。あと、肘掛けの大きさと位置、肘の置き心地も重要視していたので、その日の体調によって肘掛けの位置を変えられるのが良かったですね。
椅子のキャスターの滑り具合もピッタリ。簡単に動きすぎることがないし、一方でまったく動かしづらいわけでもない。バランスが絶妙でした。特に、鍵盤を弾くときってペダルを踏むじゃないですか? ペダルに体重をかけたり体が動いたりするので、車輪がグラグラだと動きに支障が出るんです。
反対に、キャスターが動かなすぎても良くない。椅子を下げたいときに一生懸命引っ張らなくても自分が行きたいところへスムーズに行けるし、ピタっと止まってくれる。そういう部分でもストレスを感じていません。
―菅野さんは新たに「コンテッサ セコンダ」も導入されたそうですね。
そうなんです。すごく気持ちがいいですね! もしかすると、バロンより気持ちいいかもしれない。これから、自分の定位置がコンテッサになりそうです。

新たに迎えたコンテッサ セコンダ
―最後に、今後の活動でやりたいことを教えてください。
ありがたいことに、やりたいことは全部やれています。映画やドラマの音楽をつくり、演奏会のためのオーケストラ作品を書いて、最近は映画づくりや脚本を書くのが楽しいです。
どちらかと言うと1つのことを深める軸ではなく、横に広げていく作業が楽しいです。脚本を書くことによって「こんな映像が撮れたら、監督はこういう音楽が欲しいと思うのだろう」と、もう一つの視点を持つことができるから。
決まったことだけをやっていると、よくない意味でうまくなってしまう気がします。成功の方程式がクリアになっていくということは、マンネリが始まった証拠だと思っていて。今は映画監督という業種のなかで自分はまったくのド新人で、うまくいかないことは圧倒的に増えましたが、それもおもしろいというか。結果が出たら最高にうれしいし、批判を受けたら「自分はここが足りなかった」と肌で感じてアップグレードするきっかけになるじゃないですか。
登山家で喩えたら、同じ山を何回も登ると「こうやって登ればいいんだな」とわかってしまう。それより、新しい山に登って全然違う世界を見るほうが楽しいなと思います。やっぱり、何事も楽しいほうがいいですね。



菅野祐悟
1977年生まれ。東京音楽大学作曲科在学中より映画、CM、アーティストへの楽曲提供を始める。2004年、フジテレビ系月9ドラマ『ラストクリスマス』で劇伴デビュー。以後、映画、テレビドラマ、アニメ、ドキュメンタリー等幅広い音楽制作で活躍中。
オフィシャルウェブサイト:https://www.yugokanno.com/
取材・執筆:寺西ジャジューカ 写真:吉田一之 編集:桒田萌(ノオト)
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