親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
16回目のゲストは、作家の市川拓司さんです。2003年発行のベストセラー『いま、会いにゆきます』(小学館)の著者で、日本だけでなく韓国や中国でも映画化。また発達障害(ASD/ADHD)の当事者として、さまざまなメディアで発信を続けています。
自宅の書斎で小説を書いている市川さんですが、「一生使うつもりで」と作家デビュー時に購入したのがコンテッサだったそう。植物に囲まれたジャングルのようなご自宅には、オリジナリティを楽しむクリエイティブな空間が広がっていました。
物語を書かずにはいられない
―『いま、会いにゆきます』『恋愛寫眞 もうひとつの物語』(ともに小学館)など市川さんの作品はオリジナリティにあふれ、読者をグッと市川さんの世界に引き込む魅力があります。いつもどのように作品を制作されているのでしょうか?
小説家と聞くと、資料や歴史を調べたり、取材をしたりしてプロットを作るような作家さんを想像するかもしれませんが、僕は自分の頭の中にあるもの以外書いたことがないんです。だからね、締め切りを守って連載を積み重ねて本を出すっていうのをやったことがない。もう勝手に書いています(笑)。
―勝手にですか!?
もともとサラリーマンをしながら1日2時間くらいの中で小説を書いていたので、筆も早いんです。『恋愛寫眞 もうひとつの物語』は、3カ月ほどで書き上げました。頭の中で物語の映像がどんどん浮かんでくるイメージかな? あと自分の中に2人の書き手が存在していて、ひとりがノリノリになるとぴょんぴょんぴょんと筆が進む。でももうひとりが「この表現、なんか市川拓司っぽくない」って言い出すと、手が止まってしまう。頭の中の映像をありのまま文章化するだけでなく、最終的に文章のキレを尊重して、作品として仕上げているのだと思います。

作家・市川拓司さん
―市川さんの頭の中をのぞいてみたくなりますね……。
ある種のオブセッション(強迫観念)みたいなものがあるわけです。もう書かずにはいられないから、書いて、書いて、頭の中にある物語を排出していくことで解放される。そんな感覚です。
―「今日は書きたくないな」という日はないのでしょうか?
これが、ないんですよね。依頼がなくても勝手に書いちゃうので、まだ世の中に出ていない作品がここのパソコンにはいくつも眠っています。
縦横無尽に伸びるポトス、万華鏡、デスク。こだわりしかない自分のための空間
―市川さんが執筆作業をされている空間にも植物がたくさんありますね。お部屋の中に広がっているのは……ポトスでしょうか?
はい、ここに引っ越してきた時から育てているポトスです。ツル性の植物なので、部屋中を這うように成長します。最初は棚の上へ上へと伸びていたのに、横へと広がっていき、これ以上先に行けないと思ったのか、今度は下へと潜っていきました。途中で分岐してまた別の方向に伸びたツルもあります。全体の長さは測っていないですけど……どれくらいになるのかな?

写真右側に植えられているポトスは、デスクいっぱいにツルを伸ばしている。天板の上には、手作りの水槽も
―植物にとっても居心地がいい空間なんでしょうね。ありのままに成長している感じがします。
マスタープランはないからね。ノスタルジーな空間になっていくような気がします。人間がまだ猿だった時代、森で暮らしていた頃の本能が、僕の脳の中に残っているんでしょう。本能に従うと、仕事場でも水と緑に囲まれていないと落ち着かないんです。

デスクに雑然と置かれた工具たち
―市川さんの本能に植物たちが共鳴しているのかもしれませんね。この書斎には、工具がいっぱいあるのも気になります。
ここにあるものは、自分で作ったり、育てたりしているものばかり。そのための工具です。机の下にあるキャビネットもDIYしたもの。植物の専用ケースも100円ショップで買った額縁から作りました。漫画やからくりおもちゃや万華鏡、この部屋にある作品のほとんどが自作です。小説を書きながら作った作品たちが並んでいます。小説の中に登場するアイテムを『作ってみるか』って、勝手に作り始めちゃうんです。小説も工作も、誰かに言われることなく作っちゃうんですよ。


手づくりの万華鏡(左)とからくりおもちゃ(右)
―市川さんの大好きなものが集まっている空間なんですね。
とにかくね、家にいるのが大好き。『発達障害のぼくが世界に届くまで』(筑摩書房、2025年9月に発刊)にも書いたんだけど、僕は世界一ゴージャスなひきこもりなんです。だって、この場所って面白いでしょ? たまには、ちょっと小洒落たカフェに行ってみようなんて思う時もあるんだけど、カフェにいる時にはすでに家に帰りたくなっているんです(笑)。

机正面の棚にも、書籍やコレクション、工作、自作の漫画が並ぶ。ところどころに、市川さん御夫妻の写真も
約20年前、一生使うつもりで買ったコンテッサ
―市川さんにとって、大好きな植物と作品と奥さんがいるお家は最高の場所なんですね。執筆の際には、20年以上コンテッサを使っていると伺いました。どういうきっかけで購入されたのでしょうか?
『いま、会いにゆきます』(小学館)がヒットし始めた頃かな? まだアパートに住んでいた頃です。働いていた税理士事務所を解雇されてフリーになって、家で小説を書くから椅子を買わないと、と近くの家具屋さんへ向かいました。いくつかある椅子を座り比べて、コンテッサに決めたんです。もう一生使うつもりで購入しました。当時はアパート住まいで、6畳くらいのちっちゃいキッチンにパソコンラックとコンテッサを置いていました。僕が小説を書いている横で奥さんがジャッジャッジャッと炒め物をする。そんな時代から僕のパートナーです。

20年来の相棒だった、使い込まれたコンテッサ
―すごく大切に使い続けていたんですね。途中で買い換えようとは思わなかったのでしょうか?
一度もなかったですね。僕が発達障害っていうのも影響しているかもしれません。一度なにかの縁を感じたら切る気にはならないし、成仏するまで付き合う。シャツも穴が空いても縫って着ているし、シューズもボンドでくっつけて履いています。コンテッサは、ガススプリング(脚部についている椅子の高さを調整するための部品)のキャップが外れてしまい、テープでぐるぐる巻きにしながら使っていました。長い期間がんばってくれたと思います。今回、取材の連絡をいただいたときも「うわぁ〜長いこと使っているといいこともある!」って思いました。
―コンテッサのどんな部分がお気に入りですか?
一番は、座面がメッシュなところかな。小説を書く際、おでこに冷却剤をつけて体を冷やしているのですが、筆が止まりそうなときは家の中を走ったりするので、身体が熱くなるんです。だから座面も風通しがいいものを使いたいな、と。あとね、じっと座っていられないから、座り方も片足を椅子の上に乗せて結構ひどい姿勢で書いているんです。漫画『DEATH NOTE』(集英社)のL(エル)みたいな感じ。
―ゾーンに入っている状態が姿勢に出ているのかもしれませんね。今は新しいコンテッサセコンダを使われていますが、座ってみていかがですか?
座面の座り心地が柔らかくて、フィット感がすごく良くなっていて驚きました。コンテッサは、経年劣化で弾力を失っていたのかもしれませんが(笑)。


市川さんの新しい相棒、コンテッサ セコンダ
僕は「つくり、育てる人間」だから
―愛着をもって大事に使い続けることが市川さんにとって大切なことなんですね。
僕はつくり、育てる人間ですから。完成品にお金を出して買うのは自分の中に違和感があるというか、買うときは『一生使う』という気持ちを忘れないようにしています。家の中にある植物もほとんどお金をかけていません。インテリアショップに飾られているような植物じゃなく、ホームセンターの見切り品とか、園芸店で剪定されて捨てられる予定だった枝とか、譲ってもらったものとか、胞子から育てた子株や、種からつくって育てる。さっき世界一ゴージャスな引きこもりって言いましたけど、精神的にはお金を使わなくてもゴージャスでいられるんです。
―つくり、育てる人間ですか。
植物用のライト、ケース、水を循環させる装置、作品もそうですけど、あとは、道に落ちている葉っぱや鳥の羽も、夢中になって拾っちゃう。どんどん置き場所がなくなっていくんだけどね(笑)。植物も作品も日々増え続けていくから、今どれくらいの数があるのか自分でも数えきれないほどになっています。

市川さんが拾い集めたコレクション
―コロナ禍で観葉植物を育てる人が増えましたし、「つくり、育てる」ことの楽しさを知った人も多いかもしれませんね。
増えましたよね。僕もコロナの時期に蘭の魅力に気がついて。今までは完全に緑にしか興味がなかったんですけど、花もいいな〜と。室内で育てるのにちょうどいいので、おすすめですよ。
「世界の優しさの総和を増やす」をライフワークに
―これから市川さんがやっていきたいことはありますか?
これまでは半径1〜5メートルくらいの出来事を中心に書いてきたんですけど、世界の情勢が変わって僕の視点も変わってきたように思うんです。僕のライフワークは、世界の優しさの総和を増やすこと。それに向かって、死ぬまで物語を書いていくのかなと思います。

今執筆している未発表の作品の中で「憎しみの言葉は銃弾になる」というフレーズを書きました。憎しみの言葉がひとつ世の中に放たれると誰かの心を撃ち抜いてしまうわけで。憎しみの言葉のなかには一瞬で人を傷つけ、癒すのに一生かかるものもいっぱいあります。それでも、だからこそ誰かを癒す優しい言葉は必要だと思っています。これまでもこれからも、言葉というコンテンツを作り続けていくしかないのかな、と思っています。

取材・執筆=つるたちかこ 写真=栃久保誠 編集=モリヤワオン(ノオト)
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