親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
日々をいきいきと過ごしている人=さまざまな「好き」を探求している人にお話をうかがう連載企画「となりの偏愛LIFE」。第14回のゲストは、銀座の寿司店『すし処 志喜』で女将を務めながら、魚のヒレの収集活動を行っているウオヒレウロ子(本名:山辺恵美子)さんです。
魚の下処理といったメイン業務の傍ら、通常ならば捨てられてしまう魚のヒレを収集して加工し、ディスプレイに飾ったり、アクセサリーに変身させたりしているウオヒレウロ子さん。その独特な活動は、単なる趣味の域を超え、彼女の仕事観や価値観と深く結びついています。
魚のヒレの美しさに魅了され、捨てられるはずのものに新たな価値を見出す彼女に、ヒレの魅力、そしてこの活動に込められた思いについて伺いました。
「もったいない」精神から始まったウオヒレ集め
—いつから魚のヒレを集めているんですか?
山辺
5年前くらいからですかね。今のように、集めたヒレをレジン樹脂で加工してディスプレイするようになったのは2020年からです。
当時、コロナの影響でお客さんが減り、時間を持て余すことが増えてしまって。そんなとき、レジンを使ったアクセサリーの加工方法があることを知り、ヒレに塗ってみたらどうなるのかなと思ったのがきっかけで始めました。
上からタチウオ、オニカサゴ、ウマヅラハギ、マゴチ、オオモンハタ、イトヨリダイのヒレが並ぶ
—色鮮やかでキレイですね。
山辺
そうなんですよ! レジンを塗っているのでツヤが出ていますが、着色などはしていないのでこれは自然な色なんです。
—そもそも、なぜ「ヒレを集めてディスプレイする」という発想が生まれたんですか?
ヒレというものは、魚にとっては手足のようなもので、泳いだり、旋回したり、砂をかいたりする部位であり、生きるために必要なものです。
ところが、死んでしまうと不要になってしまう。ふぐのヒレなどの例外を除けば、ほとんどのヒレは料理に使われず、お店で捨てられてしまうんです。
私の仕事は仕入れた魚の下処理をすることなのですが、いつも「こんなにキレイなのに、捨ててしまうなんてもったいない」と思っていました。
お店の随所に、魚のヒレが自然とディスプレイされている
—なるほど、根底にあるのはもったいない精神なんですね。
もっと使い道があるんじゃないかと思ったんです。ヒレはこんなにもキレイなのに、ほとんどの人はそれを知らない。
うちは寿司屋ですが、握ってしまうと魚の本来の姿が分かりづらくなるので、こうして加工されたヒレを見せることで「今食べているのは、こんな魚なんですよ」と伝えられたら面白いのではないかと考えたのが始まりですね。うちは他のお店と比べて魚種が多く、珍しい魚も多いので、自然とコレクションが増えていきました。
ただ、私はヒレマニアというよりは使い倒しマニアなのかもなと思っています。このお店で働く前も別の寿司屋や、スーパーの鮮魚コーナーで働いてきたので、私の環境には常に魚がいるから、たまたま魚のヒレになっただけなんですね。
もともと気質的に「いらないものを再利用して使う」意識が強いので、寿司屋である私が、いつも捨てられてしまうヒレを「もったいない」と思うのは必然だったのかなと。だから私にとって、ヒレを集めることは趣味というより仕事なんです。違う職業だったら、また別のものを集めていたかもしれません(笑)。
ただ「キレイなものをキレイに残したい」
—実際にヒレはどのような工程を踏んで、保管しているんですか?
まずは仕入れた魚の頭を落として、内臓を取るのですが、そのときにヒレをハサミで切り取っておきます。営業中や仕込みの時間では、作業を進める時間がないので、取り急ぎ切り取ったヒレは塩水に漬けて冷蔵庫に置いておきます。
作業をする時間がとれたら、ヒレを流水で洗ってから水気を切り、バットに乗せて乾燥させていきます。このとき雑にやってしまうと、ヒレが閉じたまま固まってしまうなど美しくないので、バットに貼り付けるように広げるのがコツです。
最終的にカラカラになるまで乾燥させたら、袋に入れて保管し、時間があるときにレジンで固めて完成です。
—乾燥までにはどれくらいかかるものなんですか?
ヒレは、魚の種類や部位によっても厚さが変わります。たとえば尾ビレは厚めですが、胸ビレなんかは薄いです。薄いものは乾燥までが早いので、1日もかからないですね。
逆に厚くて大きいものなどは時間がかかるので、5~7日かかるものもあるのですが、カビたり腐ったりするのが怖いので、生渇きにならないようにしっかり干しています。
―結構かかるんですね。先ほど、一般的な寿司屋と比べても魚種が多いという話もありましたが、1日にどれくらいの種類が集まるんですか?
1日あたり15~20種類くらいですね。さらに、1匹の魚から「胸ビレ(左右に一対)」「背ビレ」「腹ビレ(左右に一対)」「臀ビレ」「尾ビレ」と7枚もあるので……。
―作業時間としては途方もないですね(笑)。そこまでの時間を費やして、それだけの数のヒレを普段から集めているとなると、もはや研究者のように見えます。
そうですね、たくさんのヒレを見ていくことで気付くことも多いです。たとえば、岩の陰に隠れて生活していて早く泳ぐ必要がない魚のヒレは丸くて、早く泳ぐ魚のヒレは鋭利だとか。
他にも、同じ魚でも個体差があって、生育環境によって色や形が全然違うこともあるとか。毎回違う発見があるからこそ、同じ魚が入ってきても毎回ヒレを集めるようにしていますね。
ただ、私はそれを体系的に分類するつもりはありません。学術的な目線というよりは芸術的な目線に近いというか。簡単に言うなら、私は「キレイなものをキレイに残したい」だけなんです(笑)。
たくさんのヒレを集める中で「どうしてこのヒレは赤いんだろう?」など疑問に思うことは出てくるのですが、別に答えを知りたいわけではなくて「分からないけど、キレイだなあ」くらいでいいと思っています。
孤独な活動の転機となったマニアの先輩
—2022年には、自費出版で『ウオヒレウロ子の素敵なウオヒレの世界』を刊行しています。これはどんな目的でつくった本なんですか?
本をつくり始めるまでは、外に向けての発信ではなく、ずっと個人的な活動として動いていました。ヒレの数が増えていくうちに、自分の活動はこれを見れば一目瞭然だというものをつくりたくなりまして。
15年くらい前に夜間の調理学校に通っていたんですけど、そのときのクラスメイトに片手袋研究家の石井公二くんがいたんです。「こういう本をつくっているんだ」と石井くんの本を見せてもらったことがあり、それが大きなきっかけとなりました。
ヒレがある程度集まった頃に、石井くんのところに「この活動をたくさんの人に知ってもらうには、どうすればいいだろう?」と相談に行ったんです。
そこでいろいろなアイデアを出してくれたり、フォトグラファーさんやデザイナーさんを紹介したりしてくれて、本がつくられたという流れになります。「ウオヒレウロ子」と名乗り始めたのも同じタイミングです。
自費出版『ウオヒレウロ子の素敵なウオヒレの世界』
—ヒレ集めの先人はいなくても、マニアの先輩は近くにいたと。
そういう意味では、石井くんは私の先輩なんですよね。Instagramも、石井くんが「定期的にヒレの写真を投稿していった方がいい」と教えてくれたことで始めました。
もともと、仕込みのときによく魚の写真を撮っていたんですよね。同じ魚でも、怒っているように見えたり、笑っているように見えたり、表情の違いがあるのが面白いですし、角度によっても見え方が違う。
ネットに上がっている魚の写真って、全体像を写したものが多いから顔もヒレも模様もよく見えないじゃないですか。もっとアップにして見せればすごくキレイで面白いのになあ、とずっと思っていて。ウオヒレの写真を投稿するうちに他の写真も上げたくなって、今では「ウオ肌」「ウオっ面」専用のアカウントもあります。
—アカウントを分けたうえで、すべて同じフォーマットで投稿し続けていることに美意識を感じます。
やっぱり、せっかくならキレイに見せたいので、ごちゃごちゃしない方がいいなと。一応、女将としての徒然なるままを投稿しているアカウントもあるので、そこで棲み分けをしています(笑)。
Instagramではさまざまなヒレをディスプレイのように投稿
「専売特許」にするのではなく「バトンタッチ」していくことでヒレの未来を広げる
―ヒレを集めることは趣味というよりは仕事だとおっしゃっていましたが、この活動の原動力とは何なのでしょうか。なぜ、ここまで続けられていると思いますか?
真面目だからじゃないですかね(笑)。今の私は、ヒレ集めも含めて「これが自分の仕事だ」と思っているので、ヒレを集めることに疑問を感じないんです。
実は、他にも仕事じゃなかったのに仕事になってしまったことがありまして。今、ヒレだけじゃなく、別のものも干すようになったんです。
―別のもの、というと?
シャリを炊くときに、釜におこげができるのですが、それも捨てられてしまっていることに気付いたんです。でも、食べられるのに捨てるなんて、もったいないじゃないですか。たまにまかないとして雑炊に使うこともありますが、それでは限界があるのでどうにかできないかなと考えた結果、これも干せばいいのかなと。
「干飯(ほしいい)」と呼ぶのですが、戦国時代以前の古代から携帯食として用いられていたそうで、一説では20年ほど保つと言われています。いわゆる「アルファ化米」なので、そのまま食べることもできるものです。これがあれば、都心で災害が起きたときの非常食になるかもしれないと思って、毎回米も干すようになりました。
※アルファ化米:炊いたり蒸したりしたお米を、熱風を使って急速に乾燥させたもの。水分を含んでいないため腐りにくく、お湯や水をかけることで食べることができる。
―保存食ということですね。
ヒレだけのはずだったのが、米も干すようになってしまって(笑)。でも、それも仕事の延長というか、今ではそれも仕事だと思っています。仮にいま、この銀座で大地震が起きたら、きっと大変なことになるじゃないですか。そんなときのための穀物倉庫になれればと思っていて。2年でペットボトル何十本分も貯まりました。
ヒレ集めも、今は寿司屋の売上にちょっとでも貢献できたらいいなと思い、ヒレのキーホルダーや、ウオ肌をガラスプリントした箸置きを販売しています。
加工したヒレをキーホルダーにしている
―一度始めたことをやり切ることを徹底しているからこそ、いろいろな広がりが生まれて仕事に繋がっているように思います。
だから、これからもずっと続けていくと思うんですよね。実は6月に骨折をしてしまい、しばらく作業ができませんでした。そのときは、私が魚の下処理の担当から外れていたので、2ヶ月くらいはヒレを捨てていて。それが結構辛かったんですよね。
ヒレが捨てられてしまうことに、ここまで心を痛めてしまうということは、私はやっぱりヒレが好きなんでしょうね。仕事ではあるんですけど、最初から仕事だったのではなくて、自分で仕事に組み込んだような形。なので、好きだからやっていることにも違いはないんだなあと最近思いました。
―なぜ続けられているのか、の答えが見つかりましたね。
ヒレを集めることは、ユニークな活動に見えがちですが、私にとってはすごく真面目な取り組みなんです。これは、魚をどこまで大切にしたいかという気持ちでもあるので。その意味では、うちはどこまでも真面目な寿司屋だと思っています。
―ウオヒレウロ子としての、今後の展望についても教えてもらえますか?
お客さんからよく、ヒレをブーツに付けたいとか、ピアスにしたいとか言われるようになって、ヒレのキレイさを知ってもらえているんだなと感じることが増えました。
とはいえ、私の本業は寿司屋。個人でできることには限界があります。だから、もっといろいろな人がヒレを使って新しいものをつくり出してくれたらいいなと考えています。
私はヒレ集めの第一人者ではありたいですが、専売特許にはしたくないんです。だって、やろうと思えば簡単にできるものですから。もっと他のお店もやればいいのにと思っています。
―ご自身だけには留めず、もっと広めていきたいんですね。
これからは、アクセサリー作家さんにヒレを素材として活用してもらうことも考えています。私ができることには限界があっても、バトンのように他の人に託すことで、ヒレの可能性がもっと広がっていく気がするんです。その先の未来に、ヒレがアクセサリーとしてポピュラーな素材になってくれたら、すごく面白いなと思います。
取材・執筆:早川大輝 撮影:小野奈那子 編集:桒田萌(ノオト)
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