親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
日々をいきいきと過ごしている人=さまざまな「好き」を探求している人にお話をうかがう連載企画「となりの偏愛LIFE」。第26回のゲストは、15年以上にわたって自動販売機を研究し続けている石田健三郎さんです。
大学の卒業論文の執筆をきっかけに、自動販売機の魅力に気づいた石田さん。その後も会社勤めの傍らで独自に研究を続け、全国各地の珍しい自動販売機を巡りながらSNSやメディアでその魅力を発信し続けています。
自動販売機の奥深さ、15年間以上追い続けている理由、そして偏愛を続けてきたからわかる変化について伺いました。
卒業論文から始まった、日本文化としての「自動販売機」の探究
―自動販売機に興味を持ち始めた最初のきっかけを教えてください。
石田
大学の卒業論文がきっかけでした。僕は政治経済学部で、日本の文化を調べるゼミに所属していたのですが、卒業論文のテーマとして「日本ならではの文化」を何か1つ取り上げることになったんです。
周りはみんな、日本の着物などいわゆる伝統文化をテーマに選んでいましたね。僕はその頃、ポーランドから来た留学生の友人がいまして。彼が日本に来て1番驚いたことが、街中に自動販売機が溢れている姿だと言っていたんです。
それを聞いた時に「これはおそらく日本ならではの文化なんだろう」と思い、卒業論文のために調べ始めたのがきっかけでした。

自動販売機マニア・石田健三郎さん
―論文のテーマとしては、自動販売機の何を調べたんですか?
石田
「日本の自動販売機文化における考察」をしました。日本でこれだけ自動販売機が普及したのはなぜか、日本と世界の自動販売機文化はどう違うのか、といったことを調べたんです。
—日本の自動販売機の数は、世界と比べて顕著に差があるんですか?
石田
実は、日本は数の多さでいうと世界2位なんです。1位はアメリカなんですが、アメリカは当然国土も広いし、人口も多い。割合で比べると日本は圧倒的に世界一です。
—そうなんですか! 日本は自動販売機大国なんですね。
石田
その一番の要因は、治安なんですよね。日本って実は自動販売機の大体6割から7割が屋外に置かれているのですが、これは屋外に置いても自動販売機を荒らす人がいないからで。
海外は逆で、6割から7割が屋内なんですよ。屋外に置いてあると、自動販売機ごと持ち去られてしまったり、中のお金を取られてしまったりする国もあるわけです。この治安の違いが、日本で自動販売機が普及した大きな理由です。
—そもそも自動販売機は、いつ生まれたものなんですか?
石田
世界で最初の自動販売機は、紀元前215年に古代エジプトで生まれたと言われています。
当時は壺型で、聖水の自動販売機というものでした。この聖水というのは、神殿で体を清めるために使う水。当時使われていた硬貨を壺に入れると、その重さでテコの原理で中の弁が開き、一定量の聖水が注がれるという仕組みです。実はこの原理は、今のレバー式の水洗トイレと全く一緒なんですよね。
現存する日本最古の自動販売機は、東京の郵政博物館にあります。1904年に作られたこの自動販売機は、電気こそ使っていないのですが、からくり技術が組み込まれていまして。たとえば、5円でハガキが1枚買えるとして、10円玉を入れると2枚出てきますし、中の商品がなくなると売り切れ表示になるものでした。こうしたからくりが、日本でも昔から使われていて、それが現代の自動販売機に脈々と受け継がれているんです。
あら〜かわいいですね!
— 自動販売機マニア(石田健三郎) (@jido__hanbaiki) January 28, 2021
これは有名かもしれませんが、切手も自動販売機があります。郵便局に設置されているのを見かけたことのある方も多いのでは無いでしょうか。
なお、現存する日本最古の自販機は、1904年に俵谷高七によって発明された「自動郵便切手葉書売下機」です。切手だったんです。 pic.twitter.com/0SBa3hyE8f
日本の自動販売機が持つ「技術力」と「優しさ」
―始まりは卒業論文だったとしても、その後も活動を続けているのはどうしてですか?
単純に、自動販売機の技術と優しさが好きだからです。
たとえば、日本では1つの自動販売機の中で、冷たいものと温かいものが一緒に売られているのが当たり前ですが、これって世界的に見ても日本だけなんです。
技術力の高さを証明する話でもありますし、どんな季節でもユーザーが好みの温度の飲み物を選んで買えるというのは、設計者の優しさが表れていると思っています。
―技術力の話でいうと、最新の自動販売機にはどんな機能が搭載されているんですか?
最近だとAIと組み合わせた自動販売機が出てきています。代表的なものだと、渋谷駅や東京ソラマチに設置されているサラダの自動販売機「SALAD STAND」(運営:株式会社KOMPEITO)。
これは、自動販売機にAIカメラが搭載されていて、自動販売機の前を歩く人の流れを分析します。たとえば、人の流れが少ない、かつ、サラダの消費期限が近づいてきたとなったら、サラダの値段を自動的に下げていくんです。
こちらは「サラダスタンドの自動販売機」、京王井の頭線渋谷駅に16日より設置中です。
— 自動販売機マニア(石田健三郎) (@jido__hanbaiki) January 18, 2023
本筐体は完全キャッシュレス。特許取得済の「ダイナミックプライシング機能」を搭載しフードロスを削減するという、超最新型です!
サラダ以外のラインナップも豊富で飽きずに楽しめます、是非お試しを! pic.twitter.com/rbB0cCeYCM
あとは、自動運転技術と結びついた自動販売機も、日本で実証実験が進んでいます。当たり前の話ですが、自動販売機ってその場に固定されていて動かないじゃないですか。でも、この実証実験では「動く自動販売機」の実現を進めているんです。
将来的には体が不自由な人が、アプリで自宅の近くに自動販売機を呼び出すことができるようになるかもしれません。

全国で出会った、個性豊かな自動販売機たち
―石田さんがこれまでに出会った、印象的な自動販売機を教えてください。
奈良県大和郡山市に、金魚の自動販売機があります。大和郡山市は金魚の名産地として有名で、地元の金魚業者の方が町を盛り上げるために設置したのが、生きた金魚の自動販売機でした。
ロッカー型の自動販売機に、毎朝、業者の方が自分で生け簀から金魚を袋詰めにして入れていて、その日の夕方に売れなかった分はきちんと生け簀に返しているので、常にいきのいい金魚が販売されているそうです。
こちらは超珍しい「金魚の自動販売機」、奈良県大和郡山市にて撮影です。
— 自動販売機マニア(石田健三郎) (@jido__hanbaiki) January 31, 2023
ロケでお邪魔した「嶋川養魚場」前にある筐体。販売時間や日射時間などを徹底的に管理し、金魚に負荷がかからない形で販売しているとのこと。
「金魚で町を盛り上げたい」というご主人の想いが伝わる最高の自販機でした! pic.twitter.com/1njjNeWnMk
―生物を扱う自動販売機があるとは、知りませんでした。
機能性という意味では焼きたてのピザが食べられる自動販売機「Pizza Self(ピザセルフ)」があります。
ピザ好きの自動販売機のオーナーが、わざわざイタリアまで何度も足を運んで生まれたらしく、強い想いが詰まった自動販売機です。現地で共同開発した本場のピザが堪能できます。
ボタンを押すと2分くらいで、焼きたてのピザが出てくるのですが、焦げ目が適度についていて、これが本当に美味しいんです。食品を扱う自動販売機だと、冷蔵や冷凍のものが多く、その場で食べることができません。この自動販売機では、その場ですぐにアツアツのピザを食べられるということが、嬉しいポイントですね。
激レア!ピザの自動販売機(羽田空港)
— 自動販売機マニア(石田健三郎) (@jido__hanbaiki) July 7, 2024
3分でガチの焼き立てピザが食べられる自動販売機。
購入してから調理スタートのため味も超本格的。特に生地が絶品です。明らかに自販機のレベルを超えています! pic.twitter.com/GEc0q3oWaf
―珍しい商品を扱っていたり、独自の機能を搭載している自動販売機があったり、多様性のある自動販売機の中で、シンプルに見た目が好きな自動販売機はありますか?
それなら、神奈川県の登戸駅前に設置されている自動販売機が好きですね。
これは「トランサイド珈琲」というコーヒー店が店前に設置しているコーヒー豆の自動販売機。
大きな特徴は、通常の自動販売機と異なり、まるでスチームパンクのようなラッピングがされたビジュアルです。とにかく見た目が素晴らしいのと、こうやって特徴的なラッピングをすることで、自動販売機自体が広告塔になりうるというのが面白いなと思いました。
登戸のコーヒー屋さんが先日設置した自販機、見た目が最高すぎます pic.twitter.com/KTb17GwcKC
— 自動販売機マニア(石田健三郎) (@jido__hanbaiki) November 25, 2023
自動販売機を通して見えるまちの風景や時世
—普段は、自動販売機を巡って街歩きをされているとか。
はい、そうですね。まずは自動販売機のシチュエーションからチェックします。たとえば、だだっ広いところにポツンと置かれている自動販売機があるとすれば、その風景も含めて風景画のように楽しんでいますね。
次に、自動販売機自体をチェックします。その佇まいや、正面だけでなく側面も含めたデザイン、右下にある住所表示、自販機のメーカー名、どんな商品が売り切れているのか。取り出し口の重さも触って確認します。

特に確認したいのが、物理ボタン。自動販売機には、プチッと1回しか押した感覚がないボタンと、プチプチと2回押し込めるボタンの二種類があって。まん丸のボタンのものが、2回押し込めるボタンです。僕は2回押し込めるボタン特有のプチプチという押し心地にとてもワクワクします。
今はタッチパネル型が増えて便利にはなりましたが、僕は自動販売機のボタンを押した瞬間、自動販売機と自分の2人だけの世界が生まれることを楽しみたいタイプなんですよね。

—楽しみ方をきちんと確立されているんですね。こうした、全国各地の自動販売機の情報は、どうやって集めているんですか?
基本的にはSNSを活用した情報収集や、メーカーさんや自動販売機の設置業者の方から、ご連絡をいただくことが多いですね。
SNSで調べるときは「自動販売機+地名」です。もう癖になってしまっているので、電車で「次は〇〇駅」というアナウンスが聞こえてきたら、すぐにその駅名で検索して、気になる自動販売機が見つかったら予定にもなかったのに降りてしまいます。その癖は、この活動の唯一のデメリットと言えるかもしれません(笑)。
一方で、自動販売機を巡って街を歩くことで街に詳しくなりましたし、方向音痴は治るし、健康的な生活になったのは良かったなと思います。

—これは素朴な疑問なのですが、自動販売機に地域差はあるものなんですか?
地域差はありますよ。特に地方と都心部を比べると、自動販売機に求められる役割が違っているなと感じます。
地方の場合は、都心に比べるとコンビニやレストランも少ないので、いつでもどこでも便利に飲み物が買えるという自動販売機の役割が強くなります。そのまちの特産品を扱う自動販売機が設置されている地方都市があるのも特徴ですね。
—インフラ的な役割として、機能しているんですね。
逆に都心部は、ライバルの販売チャネルが多いんです。そのため、飲み物や食べ物を気軽に買うことができる、というだけでは戦えなくなってきました。
そうすると、何が都心に増えているかというと、エンターテイメント性を付与した自動販売機。つまり、物が買えるだけではなくて、買うプロセスをいかに楽しませるかという部分に主眼が置かれているんです。
代表的なものが最近、都心部でものすごく増えている、生搾りのオレンジジュースの自動販売機。自動販売機の中が見えるデザインになっているので、オレンジが絞られてジュースになるまでのプロセスがすべて見えるんです。こうした、購入してからの時間を楽しむことができる体験型の自動販売機が増えていますね。
—気づかないうちに、自動販売機が次々と進化していることを知って驚きました。
実は自動販売機の進化には、時世も関係しています。
たとえば、コロナ禍では冷凍食品の自動販売機が増えましたし、東日本大震災のときには自動販売機そのものの省エネ機能が進化しました。もっと遡り、阪神淡路大震災のときには、耐震性のある自動販売機や、緊急時に飲み物を無料で取り出せる自動販売機が作られるようになりました。
―なるほど。人々の日常に深く根差しているものだからこそ、自動販売機の進化から、時代を読み解くこともできるんですね。
AIや自動運転も含めて、こうした自動販売機の進化は、数年前には想像もしていなかったことです。自動販売機は、いつも自分の想像を超えた発展をどんどんしてくれる。やっぱり、良い意味で期待を裏切られる楽しさが、僕の活動の原動力になっているんです。
これからも自動販売機に対するワクワクを抱えながら、一緒に歩んでいけたらなと思っています。

取材・執筆:早川大輝 写真:品田裕美 編集:桒田萌(ノオト)

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