親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
日々をいきいきと過ごしている人=さまざまな「好き」を探求している人にお話をうかがう連載企画「となりの偏愛LIFE」。第20回のゲストは、お笑い芸人でありながら『大家さんと僕』で漫画家としてもヒットを飛ばし、2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』での好演も記憶に新しい矢部太郎さん。
マルチな才能を持つ矢部さんですが、実はコレクター歴20年超の“歯ブラシマニア”でもあります。これまで集めた歯ブラシは、すでに1000本超。歯を磨くためだけの日用品かと思いきや、「国によっての個性もあるし、いろんな角度から楽しめる奥深さが歯ブラシの魅力」なのだそう。
歯ブラシへの偏愛は何がきっかけで生まれ、どのように育まれてきたのかを、矢部さんに伺いました。
―矢部さんが歯ブラシの魅力に目覚めたきっかけは何だったのでしょう?
矢部
20年くらい前ですかね、バラエティ番組のロケでアフリカを訪れたときに、現地の雑貨屋さんで歯ブラシを買ってみたんですよ。
日本の歯ブラシと比べると色合いがまったく違っているのが新鮮だったし、お土産としても手軽でいいかな、くらいの感じで。
それがきっかけで、海外に行くたびに「この国の歯ブラシはどんなのだろう?」と探すようになり、気づいたら国内外で集めた歯ブラシが1000本を越えていました。

お笑い芸人・矢部太郎さん
―歯ブラシは「歯を磨く」ためだけのシンプルな日用品ですが、国によって個性が出るのでしょうか?
矢部
そうなんです! 見た目も使い心地もテクノロジーも、意外と国によって全然違ったりするんですよ。
たとえば、アフリカであれば色も柄も派手な歯ブラシが多かったのですが、日本の歯ブラシはもっとシンプル。デザインも余計なものを削ぎ落として、機能美を追求している印象です。「歯科医が推奨!」とアピールしている商品も多いですよね。コンパクトヘッドが好まれるのも、日本の歯ブラシの特徴な気がします。

インタビューのためにたくさんの歯ブラシをご持参いただいた
—対して、海外ではメーカーが遊び心を前面に出した歯ブラシがたくさんあります。
矢部
サッカー人気が高いスペインなんかだと、FCバルセロナのスター選手の歯ブラシが売られているんですよ。ブラシ部分もチームカラーの赤・青の2色だったりと、凝ってますよね。
アメリカだと、音楽が聴ける音源付き歯ブラシがあります。これは柄のところにあるボタンを押すと、レディー・ガガのヒット曲が流れ出す歯ブラシです。歯をあてると音楽が流れる子ども用の歯ブラシなら目にしますが、大人向けの製品なんて、日本製だとなかなかないですよね?

スイッチを押すと、レディー・ガガの音楽が2分間流れる歯ブラシ。
インタビュー中、試しにスイッチを押すと大きなサウンドで音楽が鳴った
矢部
最近、知り合いにもらった韓国の歯ブラシは、「重さ」が売りであるところがユニークだなと感じました。歯ブラシの柄の部分をあえて重くすることで、磨く動作に安定感を出そうとしているらしくて。
—軽いほうが磨きやすい気がしますが、歯ブラシを重くするメリットってどこにあるのでしょう?
矢部
シャーペンでも、「あえて重心を低くすることで持ち手が安定するから、書いていて疲れない」と謳っている製品がありますよね? あれと同じで、人間工学的に重心の位置を計算している……んじゃないかなぁと僕は思ってるのですが、ハングルが読めないので想像も入っています(笑)。でも、持ってみると結構重いんですよ。
奥歯の内側・外側・上面の3方向から同時に磨ける仕様になっているノルウェーの歯ブラシも、アイデアがおもしろくて個性的ですよ。これは確かに奥歯を磨きやすいのですが、前歯が磨きづらいのが難点ですね。

ノルウェーの「Dr.Barman’s スーパーブラシ」は3方向から歯を磨ける
矢部
キャンディのような見た目の歯ブラシもありますよ。このイタリア産歯ブラシは、柄がなくて、ブラシ部分だけが球状になっている使い捨てタイプ。口の中に入れて3分くらい舌で転がすようにして使うので、誰にも気づかれずに歯が磨けるんです。かさばらないのでバッグに2、3個入れて持ち歩けるのもいい。

口の中に放り込んで転がすだけで歯が磨ける、イタリアの「ローリーブラッシュ」
矢部
逆に、柄やブラシ部分がめちゃくちゃ縦長の歯ブラシもあります。一気にたくさんの面積が磨けるのが気持ちいい人向けなのかもしれませんね。
そういう工夫の真逆を行く一番シンプルな歯ブラシを挙げるなら、インドの露店で見つけた歯木(しぼく)でしょうか。これは、小枝の先の部分をバサバサにほぐして使う歯ブラシで、磨けている感じは結構あるのですが、繊維が歯に挟まっちゃうので正直使いづらい。でもこの木の成分に天然の殺菌作用があるらしいですよ。

インドで手に入れた歯木
思い立ったら手軽に買えるユニークな歯ブラシは?
―歯ブラシの世界には思いのほか奥行きがあることを知りました! 国内で手軽に買える歯ブラシの中で、矢部さんが最近注目している製品はありますか?
最近使ってみた「クリニカPRO ハブラシ アラームハンドル」はユニークだなぁと思いました。歯磨きってうっかり力を入れすぎている人が多いそうなんですけど、この歯ブラシは強すぎる力が加わると、柄の真ん中らへんがパキッと鳴る仕組みになっているんです。
僕も、通っている歯医者さんで「ブラッシングで力を入れすぎていますよ」と注意されたのですが、力の入れ加減ってあまり自分では気付けないじゃないですか? あまり力を入れすぎると歯茎が下がる原因になるそうなので、磨いている最中にパキッと鳴らないように意識できる。こういう工夫と発想はすごいなと思いますね。

柄が三角形になっていて、ヘッドのブラシも横から見ると山型にカットされたピラミッド状になっている「奇跡の歯ブラシ」も最近人気ですよね。数年前に初めて見たときはウケ狙いの一発屋なのかな?と疑っていたんですが、気づいたら普及していて「使い勝手もよかったんだ!」とちょっと驚いています。歯と歯の隙間にフィットするのが気持ちいいです。
―柄のバリエーションも意外と豊富なんですね。三角形の他にも、六角形や八角形、波型のものもあるんですね。
それに最近はネット通販で海外メーカーの歯ブラシも手軽に買えちゃいますからね。色々試してみると楽しいですよ。
たとえば赤ちゃん用で、柄がなくて指にはめるタイプの歯ブラシもあるんですよ。柔らかいシリコン素材の先にブラシ部分がついているもので、親御さんが指にキュッとはめてパパッと磨いて使うそうです。

赤ちゃん用歯ブラシ。大人の指にはめて、赤ちゃんの歯を磨く。
こちらは海外で購入したものだが、国内にも同様のものが製造されている。
―なるほど。本当に色々な製品があるんですね。
おしゃれなアパレルブランドと歯ブラシメーカーがコラボしているデザイン性の高い歯ブラシも、最近はよく見かけるようになりました。
トレンドのひとつという意味では、環境に優しい歯ブラシも見かけますね。お米由来の国産プラスチックにアップサイクルした「ライスレジン」というバイオマスプラスチックを柄の部分に使うことで、石油系プラスチックの使用を削減している国産メーカーもあります。
―デザイン、機能、遊び心、さらにはSDGsの視点まで...! ところで、電動歯ブラシは矢部さんの偏愛の対象外ですか?
そっちにまで踏み出してしまったらもう終わりなので、控えています(笑)。
偏愛を突き詰めていくと解像度が上がる
―これだけ大量の歯ブラシを普段はどのように収納しているのでしょう?
自宅の衣装ケースに6段分くらい保管していて、そこにも収まりきらない分は実家に預けています。普段はお気に入りの何本かをレギュラー陣として気分で使い分けている感じですね。

―それだけの歯ブラシ愛があれば、虫歯とは無縁では?
それがそんなこともなくて、今、治療中で歯医者さんに通っています(笑)。歯磨きはやりすぎてもダメみたいですね。
―ちなみに、好きになったものを収集するコレクター気質は昔からでしたか?
山に登ったときに山頂や山小屋のキーホルダーを記念に買うみたいなことは好きでしたが、それ以外だとあまり収集癖のようなものはなかった気がします。
あ、でも歯ブラシも「旅の記念に買って帰る」みたいな感覚に近いのかな。その土地の思い出の品が欲しいという気持ちが、手軽にどこでも買える歯ブラシとちょうどよくフィットしたのかもしれませんね。
―歯ブラシだと、安価に買えますもんね。
それに歯ブラシの世界は、知れば知るほど面白いんですよ。デザインと機能美はすごくシンプルなのに、その中に色んな工夫が凝らされている。そういうところが本当に好きなんですよね。
こういう場だからあえて特徴があるユニークな歯ブラシを紹介しましたけど、実は僕自身としてはごく普通の歯ブラシの微妙な差異が一番おもしろいんです。「持ち手のカーブが絶妙でいいな」みたいな、そういうちっちゃなところに喜びを感じています。

歯ブラシじゃなくても趣味って何でもそうだと思うのですが、特定の何かを偏愛すると、解像度が上がっていきますよね。興味がないジャンルの音楽はみんな同じに聴こえるけど、好きなジャンルの音楽は違いがわかってくるように。
そういう体験ができること自体が面白いし、僕はたまたまそれが歯ブラシだったけど、それ以外の知らないジャンルがまだまだいっぱいあるんだろうなぁ、と。そう考えると、世界がすごく豊かに見えてくるんですよね。
歯ブラシの世界がこれだけ豊かなら、歯磨き粉の世界も多分そうだし、世界全体はきっともっと豊かなはず。そんなふうに今は感じています。

歯ブラシから見えた普遍性と多様性、そして愛
—誰もがそんなふうに想像し合えるようになれば、自分とは違う「好き」への理解も深まりそうです。
そうそう、色んな国の歯ブラシを集めた結果として、普遍性と多様性のようなものがそこから見えてきたのも発見でした。
どこの国に行っても、歯ブラシって絶対にあるものなんですよ。人が生きていくために必要な道具だから、形や機能の違いはあっても絶対に存在している。その普遍性がすごいなと感動しました。
その上で、ここで紹介した歯ブラシのように国や文化、ニーズごとにさまざまな多様性があるから面白いですよね。

だから、磨くためだけじゃなくて、ただ歯ブラシを見ているだけでも僕は楽しいですよ。新しく手に入れた歯ブラシをじっくり眺めていたら時間が結構過ぎていた、なんてこともしょっちゅうです。
世の中にあるモノや道具って、基本的には「口に入れちゃいけない」と言われるものばかりですよね? でも、歯ブラシって口に入れてもOKな唯一といってもいい道具だと僕は思っていて。だからこそ、口の中を傷つけないように繊細に工夫されているし、かつ生理的な嫌悪感を催さないようにもデザインされている。
そういった人類の努力の歴史のようなものが詰まっているからこそ、歯ブラシを愛おしく感じるのは間違っていないんじゃないかなぁ、なんて思います。

矢部太郎
お笑い芸人、漫画家、俳優
1977年、東京都生まれ。97年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍中。2018年、初めて描いた漫画『大家さんと僕』で手塚治虫文化賞短編賞を受賞。NHK2024年大河ドラマ「光る君へ」では、主人公まひろ(紫式部)の従者・乙丸役を好演。著書に『ぼくのお父さん』『楽屋のトナくん』『マンガ ぼけ日和』『矢部太郎の光る君絵』などがある。
取材・執筆:阿部花恵 撮影:小野奈那子 編集:桒田萌(ノオト)

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