親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
13回目のゲストは、写真家の幡野広志さん。さまざまな撮影を手がける一方、文筆家としても活動し、数々の書籍も出版されています。
そんな幡野さんのワークスペースは、家族3人で共有する温かい空間でありながら、プロフェッショナルな仕事にも対応する機能性を兼ね備えたもの。そこには息子さんに見せたい背中とこだわりが詰まっていました。
「遊びながら暮らしてる」と思われるくらいがちょうどいい
—幡野さんは現在フリーランスの写真家として活動されていますが、独立する前はどのような働き方をしていたんですか?
最初は広告系の撮影スタジオで働いていました。その後、広告写真家のアシスタントを経て、いわゆる「社カメ(=社員カメラマン)」になるのですが、これがあまりにも辛くて。当たり前のように終電を過ぎてから打ち合わせが始まる環境に「もう無理だな」と思い、試用期間の半年で辞めて、フリーランスになったんです。
それが今から15年くらい前の話ですね。当時は「他人(ひと)の半額で、他人の倍働く」のが普通の社会で、それができないと「代わりはいくらでもいる」という時代でした。
—会社員からフリーランスとなった幡野さんは、どうやって仕事を獲得していったんですか?
大きなきっかけは、2011年の東日本大震災でした。あの頃、日本中で撮影業界の仕事が減ってしまい、廃業する中堅やベテランのフォトグラファーも少なくなかった。僕みたいな若手に安い仕事が回ってきたんです。そのときにさまざまな仕事を経験できたことが大きかったですね。
かつては自分の作品を出すことを生業にしていく写真家に憧れたこともありますが、「これでは生活するのは大変だ」と20代前半で悟って。自分の作品を撮りたいなら、商業的にフォトグラファーのお仕事も受けていく必要がある。今もそのスタイルは変わっていませんね。
あと、文章を書くのも好きだからライターとしての仕事も、たまにお受けするようにしていますね。

タ幡野さんのお仕事道具。カメラと、仕事に関するあらゆるメモが記された手帳
—お話を聞いていると、キャリアの初期は「ストイックに仕事をしていた」ようですが、今の幡野さんのイメージとはだいぶ異なりますね。
今の僕にとって、仕事は生活を成り立たせるためのものであって、生活をおろそかにしてまで頑張るものではないと思っています。うちには小学3年生の息子がいて、フルタイムで働いている妻もいる。僕が仕事ばかりに時間を使っていたら、稼ぎは増えるかもしれないけど、家事や育児に割く時間はとれなくなります。
すべての時間を仕事に費やす、その先の人生にあまり魅力を感じないんですよね。
—フリーランスだと、仕事が好きで休みなく働いているという方も少なくないですが、働く目的やモチベーションをどこに置くかは人それぞれですもんね。
もちろん、仕事を通して誰かに喜んでもらったり、社会の役に立ったりするのは嬉しいですよ。ただ、仕事だけをしているより、遊んでいるように見えるくらいがちょうど良いなとも思うんです。僕は息子から「遊んで生活してる」って思われていますからね(笑)。
でも、そのおかげで息子は「大人は楽しいもの」と思っているみたいで。あくせく働くだけが大人じゃないんだよ、ということは見せていきたいなと思っています。

ご自宅の中には、お子さんの写っている写真が何枚も飾られている
学習机を並べた、家族で共有するワークスペース
—普段お仕事をされているこの部屋は、ご家族と一緒に使われているんですね。
息子、妻、僕の3人で使っています。妻はよくこの部屋でMrs.
GREEN APPLEのライブDVDを観ています。息子とは机を並べていますが、あまりここで勉強しないんですよね。宿題はリビングですることが多くて。ここでは何をしてるのかな……。工作とかしているのを見かけますね。
—幡野さんの机も息子さんと同じものですよね。学習机を使っているのには、何か理由があるんですか?
息子が小学校に上がるときにこの学習机を買ったのですが、思っていた以上に良い机だったので、自分用にも購入しました。成長に合わせて高さの調整もできるので、大人でも使えるんですよ。
それまではL字のオフィスデスクを使っていたので作業スペースは3分の1くらいになりましたが、木の質感も良くて、これはいい買い物をしたなと気に入っています。

幡野さんと息子さん、同じ机を2つ並べる
—このワークスペースをつくるうえで、意識したことはありますか?
好きなもので囲むようにしていますね。「藤子・F・不二雄ミュージアム」で再現されている藤子・F・不二雄先生の作業机はオモチャだらけなんです。「ジブリ美術館」にも再現された宮崎駿さんの作業机がありますが、それもオモチャだらけ。
仕事に関係あるものしか置いてないと、息が詰まっちゃうんですよ。だから息子にも「机はオモチャで囲んだ方がいいよ」とはよく言っていますね。

狩猟家でもあった幡野さん。部屋には猟銃のレプリカが飾られている
カメラのレンズを1本買うより、良い椅子を一脚買う方が良い
—ワークチェアはオカムラの「Baron(バロン)」ですね。この椅子を選んだ理由はありますか?
コロナ禍で、それまで借りていたコワーキングスペースの個室を解約して、自宅環境を充実させようと思ったんです。月額4万円ほどだったのですが、それくらい払うなら、自宅の環境を良くした方がいいんじゃないかと考えて。
もともとは、安いゲーミングチェアを使っていたんですけど、合皮だから蒸れるのが気になっていて。バロンは通気性も良いし、作りもしっかりしているので、大満足ですね。
—気に入っているのはどんな部分ですか?
まず、座り心地が抜群ですね。あと、個人的にエクストラハイバックを選んで良かったと思います。背中全体をしっかり支えてくれるので、長時間作業していても疲れません。

—写真家の仕事においても、椅子は重要ですか?
椅子は本当に大事です。カメラのレンズを1本買うより、いい椅子を1脚買った方が良いです。良い椅子に座るだけで圧倒的に作業効率が変わりますからね。パソコンやモニターと同じくらい重要だと思います。僕は長時間作業する人の椅子が全部バロンになればいいのにって、本気で思っていますよ。

快適性を重視して集めた機能的なアイテムたち
—デスク周りの環境について他にこだわっているポイントがあれば教えてください。
モニターの上部とモニターラックの裏側にLEDライトを付けています。手元に影が落ちず、モニターにも影響しないので作業がしやすいです。原稿の執筆は夜中に作業することが多いので、作業効率は上がりました。


モニター上のライトと、下にあるLEDライトに照らされた手元とキーボード
あとは、ミラーレス一眼カメラの「SIGMA fp」をWebカメラとして使っています。Zoomで使うと、1人だけ圧倒的に高品質な映像になるので「やっぱり写真家さんって違うんですね」と言われますね(笑)。パソコンにUSBを1本繋ぐだけで使えるので便利です。

Web会議用の「SIGMA fp」
—モニターのこだわりはありますか?
LGのMac専用モニターを使っています。MacBook本体をサブディスプレイとして運用しています。
仕事中は音が欲しいタイプなので、ライブDVDやYouTubeを流しているんですけど、気が付いたら2〜3時間も動画を観ているだけのときがあって、良くないなと思っています。快適な仕事環境を追求した結果、映像を観るのにも快適な環境になってしまいました。


外部スピーカーとヘッドフォンの二刀流
—思わぬ落とし穴がありましたね(笑)。ここにはシンプルで洗練されたモノが多いですが、モノ選びの基準はありますか?
見た目は重要ですね。とにかく、自分の好きな見た目のモノを買うようにしています。ブランド名が大きく出ているモノは嫌いなので、なるべくシンプルなモノを選びつつ、使い心地が良いモノを使い続けています。
生活や仕事の質を上げたいなら、過ごす時間が長い場所に投資する
—今後、この空間をどのように変えていきたいか構想があれば、教えてください。
今はオットマンが欲しいですね。ほとんどの人が家で過ごす時間が一番長いわけじゃないですか。できれば良いベッドを買った方が良いし、家で仕事するなら良い椅子と机を買った方が良い。自分が長く過ごす空間のクオリティを上げることで、仕事の質も生活の質も上がると思います。
家の空間が良くなれば、家から出なくなって外食もしなくなるので、トータルでお得になりますしね。

—最後に、これから挑戦してみたいことはありますか?
文学フリマに参加してみようかなと思っています。この間、友達が出店しているのを見学に行ったんですけど、あの会場全体に漂うポジティブな空気がすごく良かったんです。
「年齢が上がると新しいことに挑戦しにくくなる」とよく耳にしますよね。たしかに若い人は時間と体力があってフットワークはあるけれど、中年の方が多少はお金に余裕があるし、知識と経験もある。
僕は普段から誘われたら何でもやるようにしています。少し前にサバゲーやアーチェリーを初体験しました。知らないだけでやってみたら意外と楽しいことって世の中にいっぱいある。だから、新しいことはどんどん挑戦していった方が良いなと思っています。

幡野広志
1983年東京生まれの写真家。2004年日本写真芸術専門学校をあっさり中退。2010年から広告写真家に師事。2011年独立し結婚。2016年に長男が誕生。2017年に多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。近年では、ワークショップ「いい写真は誰でも撮れる」、ラジオ「写真家のひとりごと」(stand.fm)など、写真についての誤解を解き、写真のハードルを下げるための活動も精力的に実施している。
取材・執筆=早川大輝 写真=栃久保誠 編集=桒田萌(ノオト)

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