親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事や趣味などに気兼ねなく取り組むことができるその人だけの空間、ワークスペース。その人の考え方や行動様式が、色濃く反映される場所でもあります。「ワークスペースの美学」は、自分自身の心地よいライフスタイルを実践している方にご登場いただき、そこに至った経緯や魅力、結果として得られたものなどについて伺うインタビュー連載です。
11回目のゲストは、タムロアヤノさん。若手アーティストの登竜門である「Independent Tokyo2024」では185人の頂点であるグランプリを受賞し、数々の商品のパッケージなども手がける注目のアーティストです。
タムロさんが仕事場として構える4畳半のアトリエには、大きなデスク、オフィスチェアの「Sylphy(シルフィー)」、多種多様な画材、そしてたくさんの観葉植物――心地よく集中してイラストを書くための工夫が詰まっています。そんな空間のこだわりについて、タムロさんに伺いました。
子育て中に描いたイラストが仕事につながった
—現在、自身の個展や企業とのコラボレーションなどで活躍中のタムロさん。もともとイラストレーター志望だったんですか?
はい、幼い頃から絵を描くことが好きでした。でも、こうしてお金をいただいて絵を描く立場になるとは思っていなかったですね。
元々、雑誌や、本の表紙に描かれる可愛いイラストに憧れていて。星占いのページを眺めては、「ここに自分のイラストが載ったらな」なんて想像していましたね。大学は大阪芸術大学デザイン学科で学びましたが、それでも将来は絵で食べていこうなどとは夢にも思っていませんでした。なので、卒業後はグラフィックデザイナーとして広告代理店に就職しました。ところが繁忙期はほぼ毎日終電という忙しさで!
出産を機に、「さすがに子育てしながらこのワークスタイルは続けられない」と4年ほどで退職し、しばらく子育てに専念しました。

イラストレーターのタムロアヤノさん
1人目が2歳になったくらいの頃から、少しずつ、好きだったイラストを描くようになりました。最初は人気の子育てブロガーさんのブログを参考に、私も文章にイラストを添えて発信し始めて。2016年頃には、Instagramにもイラストをアップし始めました。
フォロワーさんに喜んでいただけるイラストを描きたい気持ちが強くなり、イラストの教室にも通い始めました。2~3日に1回程度アップしていくうちに、DMを通じて少しずつお仕事の依頼が来るようになり、だんだん軌道に乗っていったという感じです。

タムロさんのInstagramアカウントには、自身のイラストがたくさんアップされている
パチッとハマる色の組み合わせを求めて
—タムロさんの部屋に入ると、まずはさまざまな絵が目に入ります。本当に素敵なイラストですね……! 色使いも魅力的です。


タムロさんのInstagramアカウントには、自身のイラストがたくさんアップされている
ありがとうございます。水彩絵の具やオイルパステルを使ったり、木製の板にオイルパステルで着色してから表面を削って凸凹感を出したりして描いています。
それに私、色が好きなんです。色と色の組み合わせを探すのが、本当に好きで。パチッとハマる色の組み合わせに、「これだ!」と思えた瞬間の感覚がたまらないですね。この瞬間を求めてイラストを描き続けているといってもいいくらいです。
—部屋をモチーフにした作品が多いんですね。
部屋は、自由に色を組み合わせられるモチーフです。たとえば食べ物ならば色が限定されていますが、ソファにしろテーブルにしろ、オレンジにしてもいいし、緑にしてもいいし、本当に自由です。一番私に合っているように思います。

これまでに手がけたイラスト。ソファや花瓶、テーブルなど、部屋を題材に描かれたものが多い
—猫ちゃんを描いた作品も多いですね。部屋の壁にも飾られています。
近所に保護猫カフェがあって、そこで保護するべき猫ちゃんがまだまだたくさんいることを知ったのがきっかけで、「自分のイラストで保護猫に関心をもってもらえたら」という思いで描き始めました。わずかですが売り上げの一部を寄付させていただいていますし、少しでもカフェ運営の手助けや保護猫ちゃんを救うことにつながれば、と考えています。

—タムロさんは今、衣料品メーカーや紅茶ブランドなど、企業などから依頼されて製品や商品パッケージのイラストも描かれていますよね。ご自身が表現したいものを描く作品と商業イラスト、今はどちらにウエイトを置いていますか?
今は、自分の制作と商業イラストが6対4ほどの割合ですが、どちらの活動も大事にしたいと考えています。
もちろん、私自身のイラストを楽しんでいただくのも嬉しいですが、クライアントの想いやイメージを大切にしながら制作するお仕事も大切で。あと、自分の制作と違って、クライアントワークのときは「クライアントと一緒に作っている」という気持ちを大切にしています。
それに、自分の手がけるパッケージの商品が棚に並んだときに、お客様が手に取りたくなるイラストはどんな感じのものがいいか、とじっくりイメージをまとめながら描くのも楽しいんですよ。
座っている時間が長いからこそ、椅子にはこだわる
—改めて、タムロさんのアトリエについて詳しく伺いたいです。普段はこちらのお部屋で主にお仕事をされているのでしょうか?

ドアから入って手前側に子ども用のおもちゃがたくさん置かれている。
自身の執筆スペースは奥の壁に向かうデスク。
はい、そうです。今はこの4畳半の部屋をアトリエとして使っていますが、子どもたちが小さかった頃は、常に子どもたちが見えるリビングで作業をしていて、押し入れをワークスペースに活用したこともありました。今はラフを描いたり色を塗ったり、大半の作業をアトリエで行っています。
—椅子は、オカムラのシルフィーを愛用されていますね。何がきっかけで使用されるようになったのでしょうか?
広告代理店で働いていた頃から、デスクワークが多く腰痛に悩まされていたんです。整体の先生に、「腰回りの筋肉が固くなっていて、腰に負担がかかりやすい状態になっています」と言われたこともあって。
イラストレーターは長時間座りっぱなしで作業することが多い仕事。体は資本なので、長く活動していくためにも椅子への投資は大事だと考え、良い椅子を求めていろいろ検討しました。ゲーミングチェアも見たのですが、サイズやデザインの重い感じが部屋の雰囲気になじまなくて。
その点シルフィーは、背もたれのメッシュ素材が軽やかな印象を受けました。色も部屋になじむ白色ですし、なにより腰への負担がすごく軽いんです。

—体への負担がないのは大きなメリットですね。
ほかにはない一番の良さが、姿勢に合わせて、背もたれと座面を前傾に調整できることです。描くことに夢中になると、どうしても長時間、前のめりのまま作業を続けてしまい、腰が痛くなっていたんです。
シルフィーを前傾の角度に調整するだけで、腰から背中をぐっと包み込んでくれる感覚があります。絶妙なフィット感のおかげで、長時間描いていても腰がまったく疲れません。2020年に購入して以来5年間、問題なく使用しています。
デスクの横の壁に立てかけた、サイズの大きいキャンバスに色を置くときもシルフィーに座って描いています。展示会への出品を重ねるにつれて、自分はどれくらいのサイズの作品をやれるだろうかと挑戦したくなったんです。

未知の世界へチャレンジ
—やはりイラストレーターさんということで、お部屋にはたくさんの画材がありますね。
を塗る作業に入るときは、まず「この色が欲しい」と思った瞬間に手に取れるよう、あらかじめデスクの上にオイルパステルやペンをバーッと出して並べておくんです。その方がはかどるし、振り向いたり体を動かしたりすると、頭の中にあるイメージがどこかへ飛んでいってしまいそうなので。
オイルパステルは、サクラクレパスの製品をメインに使っています。画面にマットに色がのりやすいんですね。海外のオイルパステルも使いますが、一番使い勝手が良いです。色鉛筆はファーバーカステル製の油性色鉛筆を使っています。


机周りには、オイルパステルや色鉛筆など、画材が揃っている
—原画もたくさん保管なさっていますね。最近はオイルパステルやカラーペンなどのほかに、油絵も描いているそうですが、勉強なさったのですか?
それが大学でもイラスト教室でもまったく習ったことがなくて、YouTubeなどをみて独学で勉強しました。
油絵の方も、挑戦してみるとキャンバスの上でこれまでとはまた違う表現ができるのだなあと思います。それに、油絵の画材の匂いを嗅ぐと、自分の中で自然に仕事のスイッチが入るんですよね。

アトリエのクローゼットに保管している原画の数々
—デスクの下にあるスピーカーからは、音楽が聴こえますね。
作業中、基本的にBGMを流しています。ときには自分でつくった陶器のマグカップでお茶を飲みながら……。歌のある曲だと一緒に歌ってしまうので、あえて歌のない曲を選ぶことが多いですね。

机の下に置かれたスピーカーも仕事中には欠かせないアイテムになっている
—アトリエにはたくさんの観葉植物がありますね。
観葉植物が好きなんですよね。疲れたらグリーンで目を癒しています。植物に水をやることも、仕事と同じくルーティーンになっています。
忙しくなって心に余裕がなくなると、気づけば植物の葉も元気がなくなってしまっていることがあるんです。植物の状態は、私の心のバロメーターでもあって、慌てて水をやっては心の状態も見直しますね。

イラストで日本から海外へ。陶芸との両立も
—これからの夢や目標を教えてください。
2024年8月に開催された、若手アーティストの出展型アートイベント「Independent Tokyo」にてグランプリを受賞しました。それをきっかけに、画廊の方々とのご縁ができたり、東京でのお仕事も増えたりと、世界が広がっているのを感じます。4月は同じく「Independent Tokyo」で受賞したアーティスト7名の展覧会でも展示販売させていただき、11月には東京にて個展の開催も予定しています。また、来年は香港でも個展を開きます。
—すごいですね!
願わくば、海外でもっと個展を開いてみたいですね。今はSNSで軽く海を越えられる時代なので、お声がかかればいつでもどこでも行きます。
実は、将来の夢があって。今、イラストのかたわら陶芸にも取り組んでいるのですが、それもイラストと同じく仕事の軸にしていきたいんです。そしていつかは、家に窯を据えてアトリエにして……。絵を一通り描いたら作業場でろくろを回し窯で焼成して、気分が変わったらまた絵に戻る、みたいな生活もいいなって(笑)。

今、力を入れて取り組んでいるという陶芸。イラストレーターである強みが生かされており、陶器に自らイラストをつける「絵付け」が得意だという
—ますますお忙しくなりそうですね。いろいろな場所でタムロさんのイラストに出合う機会が増えそうでうれしいです。最後に、タムロさんの一番好きな色は何色ですか?
よく聞かれるんですけれど、一つに決めきれないんです。なぜなら、すべての色に魅力があるから。色同士を組み合わせることで、さらにその色彩の魅力が際立っていくんです。これからも、イラストや陶芸を通して、そんな色の魅力を追い求めていきたいですね。

取材・執筆:國松珠実 撮影:三好沙季 編集:桒田萌(ノオト)

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