親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
私たちは普段、オフィスチェアに座って作業をしています。でも昔の人々だって、なんらかの椅子に座って作業をしていたはず。椅子研究者の西川栄明さんによると、作業に使われる椅子は古代エジプトから存在していたといいます。
文明の進化により、農業、工業、IT……と仕事内容が変わっていくとともに、作業に使われる椅子はどのように形を変えてきたのでしょうか? 西川さんに「作業用の椅子」の歴史について伺いました。
古代エジプトの遺跡から出土した、木製の三本脚スツール

椅子研究者・西川栄明さん
―さっそくですが、記録が残っているなかで最も古い「椅子」は、どのようなものなのでしょうか?
人間がすわる椅子そのものではないのですが、紀元前7000~5500年ごろに作られた小さな土偶が、椅子の形が残った最古のものです。ライオンをかたどったひじ掛け椅子に地母神が座っているもので、トルコのチャタルホユック遺跡から出土しました。四大文明よりはるか昔、新石器時代のものですね。
作業に使われた可能性のある椅子でいうと、古代エジプトの遺跡から木製の三本脚スツールが出土しています。約5000年前に作られたもので、高さは約31センチメートル、座面の直径は約25センチメートル。木の根っこを削り出して、スツールにしたと思われます。

古代エジプトの遺跡から出土したスツール
出典:『新版 名作椅子の由来図典』(西川栄明 著、誠文堂新光社 刊)より許諾を得て転載(以下同)
三本脚のスツールは、当時の壁画にも残っているんですよ。紀元前16~15世紀ごろの壁画には、古代エジプトの職人たちがスツールや箱に座って作業している様子が描かれています。
―このスツールは木製なんですね。エジプトには砂漠のイメージがありますが……。
エジプトにも、エジプトイチジクやギョリュウなど、乾燥に強く加工しやすい木があり、木材として使われていました。一方、王族が使う玉座や棺には、国外からガレー船で運んできたレバノンスギなどが使われています。輸入物の高級木材で作られた玉座に対し、作業用の椅子は言わば「その辺に生えている木」で作られていたわけです。
―なるほど。玉座ともなると、立派な装飾などもされているんでしょうね。
そうですね。ほぼ完全な形で現存する世界最古の木製椅子は、約4500年前に作られた「ヘテプヘレス王妃の椅子」で、金箔や象牙などで装飾されています。ひじ掛けや背もたれがあり、ほぞ組みなどの木材加工もしっかりしていて、いま椅子として使われていてもまったく違和感がないものですね。実際、現代の北欧のデザイナーたちも、エジプトの椅子をモチーフにした椅子を作っています。

ヘテプヘレスの椅子
違和感がないと言えば、X字型の折りたたみ式スツールも、エジプトの遺跡から出土しています。戦国武将が戦のときに座っている小さい椅子がありますよね。床几(しょうぎ)と言いますが、あれと同じ形のものが、古代エジプトにはじまり、古代ギリシャ、ローマ、中世、近代と受け継がれているんですよ。日本のものは、中国から伝わったと思われます。

『新版 名作椅子の由来図典』カバー裏より、椅子の系統図
―古代に作られた椅子の構造が、現代まで脈々と受け継がれているんですね……! ちなみに、日本最古の椅子はどのようなものなのでしょうか?
弥生時代の遺跡から出土した物があります。木製の小さな腰掛けで、横幅が23.8センチメートル、縦幅が16.5センチメートル。高さは3センチメートルほどしかありません。普通に座るような椅子というより、脚を投げ出して座るか、上であぐらをかく感じでしょうね。主に女性や子どもが機織りなどで使っていたと考えられています。これには諸説あって、木枕だという説をとる研究者もいます。

日本最古の椅子(徳島大学埋蔵文化財調査室蔵/撮影:西川栄明)
弥生時代も中後期になると、木を組み合わせた椅子が作られます。3枚の木材をはめ込んで作る椅子が、登呂遺跡などから出土しているんです。持ち運びがしやすいので、田んぼや畑に持って行って、休憩したり、農作物の選別をしたりしたのではないかと思われます。木材は地元に生えていたスギなどが使われていますね。


登呂遺跡から出土した椅子
暮らしの中で必要な椅子を生み出した「シェーカーチェア」
―ヨーロッパでは中世に入ると、上流階級の椅子には権威を示すために背もたれや座面を高くしたり、派手な装飾を施したりといったものが作られます。一方で、一般市民はどのような椅子を使っていたのでしょうか。
中世ヨーロッパの農民たちは、家具自体ほとんど持っていませんでした。藁の上で寝たり、直方体のチェストをベッドや椅子代わりにしたりしていたんですね。ちゃんとした椅子がある家は珍しかったようです。
―そうなんですね。では、私たちがイメージする「背もたれのある木製の椅子」が、一般的な作業用途で使われるようになるのは、いつごろなのでしょうか?
各地で木工職人が簡素な椅子を作っていたとは思いますが、のちに広く普及する実用的な椅子の原点が作られたのは、17世紀ごろと言われています。
ヨーロッパでは、背もたれがはしご状に横に組まれた「ラダーバックチェア」タイプの椅子が作られるようになります。家庭用のスタンダードな椅子として各地に広まりました。仕事にも使われ、こうした椅子に座って織物などの作業をしていました。

ラダーバックチェアの一例(撮影:渡部健五)
19世紀に入ると、工場の作業でもラダーバックチェアなどのスタンダードな椅子が使われています。作業用に特化した椅子を用意していたというよりも、日常生活で使う「普通の椅子」を作業場に持ち込んでいた、という言い方が正しいと思います。「その辺にあるものを使っていた」という意味では、古代エジプトから通じるものがありますね。
―作業に合わせて椅子の形を変える、といったことは行われていなかったのでしょうか?
シェーカーチェアがそれにあたるでしょうね。シェーカーチェアは、キリスト教プロテスタントの一派である「シェーカー教」の教徒たちが作っていた椅子の総称で、形はラダーバックチェアが代表的です。
18世紀にイギリスからアメリカに渡った教徒たちが、自分たちが使う家具を作り始めたのが最初で、その後は家具の製造販売を行うまでになり、教団運営の収入源となっていきました。当時作られたカタログには、子供用から大人用まで、大きさが違うシェーカーチェアをNo.0からNo.7までの8段階用意していたことが記されています。

シェーカーチェア(撮影:渡部健五)
シェーカーチェアの特徴は、軽くて丈夫かつ機能的なこと。ラダーバックチェアをはじめ、さまざまな改良を施した椅子を生み出しています。たとえば、1800年代半ばには木製の回転椅子を作っているんです。何かと便利で、作業場でも事務室でも使われました。他にも乳搾り用の「ミルキングスツール」や、リンゴを選別する時に座る「アップルソーティング・チェア」などを作っています。

回転椅子
―作業をしながら向きを変えたり、牛たちのあいだを移動しながら乳搾りをしたり、仕事の内容に合わせてカスタマイズをしていったわけですね。
シェーカー教徒たちは椅子だけでなく家具も手がけていました。前後両方向に開け閉めできる引き出し付きで、2人が向かい合わせで作業できるソーイングデスクや、作業道具を入れる棚と一体化した靴職人向けの作業椅子など、実用的な家具を次々生み出しています。暮らしの中で必要となる椅子や家具を、自らの手で作り出していったわけです。
作業椅子を「進化」させたのはダーウィンだった!?
―シェーカーチェアを見ていると、回転椅子は現代のオフィスチェアにも通じるものがありますね。
大きな影響を与えています。回転椅子が使われ出したのは1700年代後半くらいからでしょう。第3代アメリカ大統領のトーマス・ジェファーソンも愛用していました。立ち上がらずに書類に手が届くように、ウィンザーチェア(木製の座板に背もたれの細い棒や脚が差し込まれているスタイルの椅子)を改造して座面が360度回るようにしたのだとか。この回転椅子に座ってアメリカ独立宣言を起草した、という逸話も残っていますね。
ジェファーソンの回転椅子。『ウィンザーチェア大全』(西川栄明 共著、誠文堂新光社 刊)より
―オフィスチェアといえば、キャスターがついたのはいつごろなんでしょうか?
1500年代に書かれた写本に、キャスター付きの回転式椅子が描かれているのが、記録に残っているなかで最も古いですね。このとき実際に作られたのかは定かではないんですが、「キャスターを付ける」という発想自体はあったようです。
その後1840年代になって、実際に椅子にキャスターを付けた人物が現れます。この人物が実は、自然科学者のチャールズ・ダーウィンなんです。
―『進化論』の、あのダーウィンですか!?
そうなんです。ダーウィンの書斎で撮影された写真を見ると、布張りの一人掛けの椅子にキャスターを付けているんですね。本棚やキャビネットに資料を取りに行くのが面倒になったのでキャスターを付けた、という説が残っています。気持ちはわかりますね。
―まさか椅子まで進化させていたとは……。その後、オフィスチェアはどのように進化していくのでしょうか。
有名なものでは、1904年にフランク・ロイド・ライトが作った「ラーキン・ビルディング・チェア」があります。ニューヨーク州バッファローの「ラーキン」というビルに納めるためにデザインした椅子です。背もたれとひじ掛け、キャスターがあり、オフィスチェアの先駆けと言われています。
1950年代、いわゆる「ミッドセンチュリー」に入ると、アメリカのデザイナー・建築家のチャールズ・イームズがFRP(強化プラスチック)やステンレスを使用した「ピボット・チェア」を作ります。さらに1958年には「アルミナム・グループチェア」を発表。リクライニングする背もたれなど、近代のオフィスチェアの元祖にあたる椅子です。


イームズの「ピポットチェア」(左)と「アルミナム・グループチェア」(右/いずれも撮影:渡部健五)
―このころになると、オフィスで長時間座って働くのが一般的になってきたのだと思います。人間工学に配慮した椅子が出てくるのも、このころでしょうか?
人間工学が研究され始めたのは戦後以降のことなので、そうした椅子が普及し始めるのは1960年代以降のことになるのではと思います。リクライニングの角度やひじ掛けの高さ、背骨のラインなどの研究が進み、近年のオフィスチェアはすごく高機能化していますよね。ここから先は、私よりもオカムラさんのほうが詳しいかと思います(笑)。
世界にひとつだけの、その人だけの椅子
―古代エジプトから現代まで作業用の椅子の歴史を振り返りましたが、「これだけは変わっていない」という本質的な部分があるとすれば、それは何でしょうか?
それはやはり、座っている人が「動きやすい」というところだと思います。最初期の三本脚のスツールひとつとっても、立ったり座ったりしやすいですし、持ち運びもできますし、三本脚なのでどこに置いてもガタつかない。作業をする際の自由度を高めてくれる存在であることが、作業用の椅子の本質的な特徴でしょう。
―なるほど。裏を返すと、ソファーは「動く必要がない椅子」なのだなと思いました。
確かに、ソファーは上流階級の椅子の流れを汲んでいるとも言えます。貴族は回転する必要も、キャスターで移動する必要もありませんから。

―それでは最後にお聞きします。西川さんは「未来の作業用の椅子」は、どのようなものになると思いますか?
現代のオフィスチェアがここまで高機能化しているのは、さまざまな人が皆快適に使えるようにするため、という意味もあるのかなと思います。であれば、究極の個別対応という意味で、一人ひとりの体つきに合わせて職人が作った「オーダーメイドの椅子」が生まれてもいいかもしれませんね。実際、木工職人でチェアフィッティングのようなことを行っている方もいるんです。その人の身体に合わせて、その人に合った木の椅子を作っている。
―面白いですね。作業の必要に応じて椅子が形を変えてきたように、今度はその人に応じて椅子が形を変えるわけですね。
椅子の歴史は古代からずっとつながっており、それぞれが影響し合って発展してきました。名作と呼ばれる椅子も、先人たちの知恵や工夫から学びを得ていることがほとんどです。原点や歴史を振り返ることが、新たな椅子の誕生へとつながっていったら嬉しいですね。

西川栄明
編集者、椅子研究者
1955年生まれ。椅子や家具のほか、森林や木材から木工芸に至るまで、木に関することを主なテーマにして編集・執筆活動を行う。著書に『新版 名作椅子の由来図典』『この椅子が一番!』『手づくりする木のスツール New Edition』『一生ものの木の家具と器』(誠文堂新光社)『木のものづくり探訪』『樹木と木材の図鑑-日本の有用種101』(創元社)など。共著に『名作椅子の解体新書』『Yチェアの秘密』『ウィンザーチェア大全』『シェーカー家具大全』『原色 木材加工面がわかる樹種事典 第3版』『漆塗りの技法書』(誠文堂新光社)など。企画編集に『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史』(誠文堂新光社)など。
取材・執筆:井上マサキ 写真:小野奈那子 編集:モリヤワオン(ノオト)
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