親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
日々をいきいきと過ごしている人=さまざまな「好き」を探究している人にお話をうかがう連載企画「となりの偏愛LIFE」。第12回のゲストは、フリーライター・編集者のほかに「お冷研究家」としての顔も持つ、つるたちかこさんです。
飲食店で注文をすると提供される「お冷」。日本人にとっては当たり前の存在ですが、「これってもしかして真のおもてなしなのでは?」と気がついたつるたさんは、お冷の写真をSNSに投稿する生活をはじめます。記録した枚数は今では1,000枚以上! お冷の同人誌を発行するほか、お冷研究家としてラジオなどのメディア出演まで果たしています。
そんなつるたさんがお冷研究家になった背景を伺うと、ありふれた日常からワクワクを見つけて楽しむヒントが見えてきました。
全部飲み切る、ありのままを受け止める。お冷の流儀は仏教の思想にも通ずる?!
—さっそくですが、素敵なお冷がでてきましたね。
つるた
そうなんです。この「コーヒーショップ デリカップ」さんのお冷が大好きで。キンキンに冷えたお水とグラス、そして珍しい丸みをおびた形状に、お店のオリジナルロゴがプリントされている。初めて出合ったときの喜びは今でも忘れません。

取材は、つるたさんお気に入りの喫茶店「コーヒーショップ デリカップ」で実施
つるた
……このお冷、飲んでもいいですか?
—ぜひぜひ! ところで、つるたさんにはお冷研究のマイルールなどはあるのでしょうか?
いくつかあります。まずは飲む前に写真におさめること。グラスの形状や、どれくらいのお水の量で提供されるか、氷の有無などをまず写真で記録しておきます。活動をはじめた頃の5年間くらいは「飲んだ後でもいっか」と気楽に捉えていたんですが、それだとお冷をないがしろにしているなって。

フリーライター・編集者でお冷研究家のつるたちかこさん
それからもう一つ大事なのが、絶対に残さないことです。知人のお坊さんから教えてもらったのですが、仏教には「一滴水(いってきすい)」という言葉があるんだそうです。「一滴のお水さえも何ひとつ無駄なものはない」という意味。これを知ってから、「せっかく出してもらったのだから私の胃袋に全て納めて持ち帰ります」という気持ちでいただいています。
—お冷と仏教がつながるなんて思いもしませんでした。
あはは、そうですよね。それから「催促しない」というのも大事にしています。たまに、飲食店で自分の席だけお冷を出すのを忘れられてしまうことってありますよね。でも、そこで「すみません、お冷ください」と言ってしまったら、おもてなしを催促していることになってしまう。
—なるほど。
お冷を出し忘れちゃってるな、なんてときも「ああ、隣の席のお冷、いいなぁ」と思いながら、次回に期待して注文したものをいただきます(笑)。出してもらって当たり前だと思うとつい催促してしまいますが、そもそもお冷って無料で提供されているんです。すごいことだと思いませんか?
そう思うと、例えばお店によっては水のカルキ臭が強かったり、グラスに洗い残しを見つけてしまったりすることがあっても、それはそれとして「ありのまま」を受け止められるんです。「これが、今のこのお店の精一杯のおもてなしなんだな」って。
—そもそもお冷を「おもてなしの気持ちの表れ」として捉えているからこそ、仏のように温かく広い心でありのままを受け止められているというか。
それはあるかもしれないですね。そもそもお冷に興味を持ったきっかけが「おもてなし」でもあったので。
「作られた日本らしさ」や「インスタ映え」への疑問から、お冷に目が向いた
—「お冷」に着目したきっかけが「おもてなし」とは、どういうことでしょう?
2020年の東京オリンピックの開催が決定した時に、滝川クリステルさんの「おもてなし」という言葉が話題になったのを覚えていますか? 同時に、クールジャパンなどのインバウンド向けの日本文化がフォーカスされるようになり、ちょっと違和感を抱いていたんです。私にとっては、なんだか「作られた日本」として発信されているように思えてしまって。
—日本の本質的なおもてなしや文化とは、ズレてしまっていると。
あくまで私はそう感じた、ということですけどね。また、同時期に「インスタ映え」という言葉も出てきました。そこで、ちょっとした反発心から「インスタ萎え」な写真をSNSに投稿してみようと思って撮ったのが、お冷だったんです。

―インスタ萎え??
全然映えない、見ても何の感情も湧いてこないような写真です(笑)。それってどんなものだろうと考えたときに、たまたま行ったカレー屋さんで「お冷ってそうかも」と思って写真を撮ったんですよね。
でも、そのあと行った喫茶店で、キンキンに冷やされたグラスに入っためちゃくちゃ美味しいお冷が出てきて……!
―何も感情が湧かないものとして捉えていたお冷に、感動してしまったんですね。
そうなんですよ。ウケ狙いで「インスタ萎え」を目指したつもりが、「お冷って実は面白いんじゃない??」と、同じ日にいきなりターニングポイントがやってきて(笑)。
そこで唐突に「これだ」と思いつき、もっとお冷の写真を撮って記録していくことにしたんです。とはいえ何か目的があったわけでもなく、完全に個人的な趣味として、インスタグラムに投稿していただけなんですけどね。当初は全然「いいね」もつかなかったんですよ。
―それが今では「お冷研究家」としてメディア出演も果たしていて。
この活動を始めたのは2015年なので約10年になるのですが、「よくここまで続けたなぁ」というよりは、「ここまできたからにはもっとやらなきゃ!」という謎の使命感の方が強くなってきました(笑)。
地域性やコロナ禍の分岐点も。幅広く奥深い、お冷の世界
—つるたさんは『考えるほどにおもしろい 教養としてのお冷』という同人誌も発行されましたね。お冷の起源から分類、アンケート結果など盛りだくさんで、興味深かったです。
ありがとうございます。私はお冷についてこんな風に4つの定義を設けていて。

(画像提供:つるたちかこさん)
これに当てはまれば、お水だけでなくお茶などの場合もお冷の扱い。ひと言で「お冷」といっても、収集していくなかで「めっちゃ奥深い世界じゃん!」と思うようになりました。大きく分類するとこんな感じですね。

—想像以上にバリエーションがある……!
そうなんです。店員さんが運んで来てくれる「フルサービス」と、お客さんが自分で取りに行く「セルフサービス」、氷の有無に、お茶だった場合はホットかアイスか、お水や氷の種類にもいろいろあるし、うつわもそれぞれなんです。今日は特徴的でお気に入りのお冷写真をいくつか持ってきました!

たくさんのお冷フォトを印刷して持ってきてくれたつるたさん
たとえば、都内のイタリアンのお店では、お冷がワイングラスに入って出てきたんです。上品なお店の雰囲気にピッタリで素敵でした。
ラーメン店のお冷が、水ではなく緑茶というパターンもありますよね。ラーメンが濃いめなので、緑茶でスッキリするという、よく計算されたおもてなしです。
—お店ごとにしっかり考えられているのがよくわかります。
最近、個人的に気になっているのは、お茶とお冷が贅沢に同じタイミングで出てくるお店。お水とあたたかい緑茶、お水とジャワティーなど、組み合わせはさまざまです。
実は、東京都23区内から東京近郊の県に引っ越してからこのスタイルをよく目にするようになったのですが、都内と地方でお冷の出し方にも違いがあるのかなと考察しています。「店内がそれほど混み合わないファミレスや喫茶店はゆっくり過ごしてほしいというおもてなしの気持ちが表れていて、逆に人口密度が高く常に混んでいるお店だと回転率が大事なので、あまりゆっくりされちゃうともしかしたら困るのかな」とか。
—なるほど。
コロナ禍もお冷にとっては一つの分岐点です。非接触を重視したことで、チェーン店を中心にお冷のセルフサービス化が進んできているのを感じますね。
—ふむふむ。なんだかお冷から文化人類学のような研究ができそうですね。ところで、お冷の起源っていつ頃になるのでしょうか?
それが、実はまだ研究中でして。お冷用のグラスを製造している業界最大手の東洋佐々木ガラス株式会社さんに問い合わせてみたことがあるのですが、「現存する資料がない」と。
でも、1917年から生産を開始し、1957年にはお冷グラスを大量生産する仕組みができていたそうなので、大正初期にはお冷文化があったということですね。
2代目募集中⁈ お冷の同志を増やして、文化を継承していきたい
―活動を始めてから約10年。つるたさんの今後の展望などはありますか?
まずは、日本全国のご当地お冷をいろいろ研究してみたいです。そのために運転免許を取ろうと頑張っているところ(笑)。各地から「こんなお冷ありますよ」という情報をいただくんですよ。なんでも、北海道にはメロンソーダをお冷として出しているお店があるんだとか!
―それはすごいですね。お冷の全国行脚、新しい発見がありそうです。
日本だけでも、私が一生かけても研究しきれないほどのお冷があると思うんです。それだけ飲食店って個人店も含めるとたくさんあるし、惜しくも閉店してしまうこともある。
それに最近はどんどんセルフ化の波がきていて、お店の効率を考えていくと「お冷ってなくてもいいじゃん」という価値観になってしまう。実際、最近行った外資系飲食店で「お冷は出さないのでドリンクバーを頼んでください」という張り紙を目にしてしまったんです。
このままでは、日本ならではのお冷のおもてなし文化がなくなってしまうかもしれません。だからこそ、私がお冷研究家として活動していくなかで「お冷ってステキな文化だよね」と思って目を向けてくれる人が増えたらいいなと思っていて。

なので今後は、自分が死んだ後もお冷研究家として2代目、3代目と受け継いでくれる人も探していきたいです。
―それは、弟子ということですか?
というよりは、同志みたいな感じですかね。今は「お冷やってます」というと「私もやってます!」って人はいないので(笑)。
みんながやりたい仕組みを作っていくのか、かっちり師弟関係を結んでいく方がいいのかはまだ決められていないのですが、今後は仕組みづくりも頑張っていきたいと思います。
―これからお冷の研究をしてみたいという人はまず何から始めればよいのでしょうか?
自由に楽しんでいただければ基本なんでもいいのですが、とにかく残していくこと。スマホの写真フォルダでもいいし、SNSでも実物のアルバムでもいいし。SNSにUPする際はぜひ「#お冷研究家」をつけてほしいです!
お冷記録のいいところは、日常の中で触れるものなので誰でも気軽に始められること。「真似しないで」なんて気持ちは全くないので、むしろみんなで楽しくお冷を集めていきたいです。「集めてくれたものをまとめるのは私が責任持ってやるから!」と思っています。
「私にはこれがある」。マイナーだからこそ生まれる唯一無二のよりどころ
―つるたさんはお冷という身近な存在に着目して発信し始めた時、はじめはInstagramに「いいね」もつかなかった中で、「これでいいのかな」と不安に感じたことはありますか?
一切なかったです(笑)。振り返ってみると、ちょうど活動を始めた2015年の頃は電子書籍の編集の仕事をしていて、「キロクニスト養成講座」という、小倉ヒラクさん、熊谷薫さん、中田一会さんのワークショップの内容をまとめていたんです。それが「何でもいいので好きなものを記録してみよう」という趣旨だったので、私も「自分が楽しければいいや」と、誰かの評価は気にしないで取り組めたのかも。

つるたさんのInstagramには、お冷の写真がズラリ
だいたい「お冷を集めてます」というと「お冷?!」と定番文句として返されるし(笑)。そこで挫けなかったのは、自分が楽しめているからというのが根底にあったんでしょうね。
―もともと、つるたさんには「モノを集め続けるのが好き」といった傾向があったのでしょうか?
うーん、基本は飽きっぽいし三日坊主です。でも「人にあまり注目されていないマイナーな部分で輝きたい」みたいなところは結構あったのかも。
私、中高生の頃にめちゃくちゃラジオを聴いていたんです。ラッパーのYOU THE ROCK★さんの深夜ラジオ番組が大好きで。それで、夜中の3時まで布団に潜ってケータイをポチポチしながらお便りメールを送りまくっていたら、なんと月間MVPに選んでもらったんです!
―すごい!
でも、クラスメイトにはそのラジオを聴いてる人はいなくて、私が月間MVPになったことはもちろん誰も知らない。「でもあの番組からは認められている!」みたいな。自分だけのパラレルワールドがあるみたいに、「別のフィールドで評価してもらっているからいいや」と思えた経験があったので、今はお冷がまさにそれになっているのかな。

―確かに、マイナーなテーマこそ「自分だけが今のところこの分野の専門家だ」と思えるのかもしれません。
「わたしにはこれがある」という、自分にとってのよりどころみたいな存在があると、毎日が面白くなりますよね。私のようにお冷が気になり出して注目してみると、想像もしていなかったような奥深さや幅広さを知ることができたり。
お冷じゃなくても、自分で「研究家」と名乗ったらその時点で研究家ですし! そうやって発信していけば、いつか世界のどこかで「私もです!」って人に出会うかもしれない。そしたら、めっちゃアガるじゃないですか。
取材・執筆:山越栞 撮影:小野奈那子 編集:モリヤワオン(ノオト)

ブランド名
商品名が入ります商品名が入ります
¥0,000
