親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
検索サイトに「オフィスチェア」と打ち込めば、星の数ほどの製品がヒットする現代。膨大な情報が行き交うなか、多くのユーザーに支持され続けているオカムラ製品の一つが「シルフィー」です。
シルフィーの特徴は、「座る人の好みに合わせて、背もたれのカーブを変えられる」というユーザー想いの設計と、包み込まれるような優しい座り心地。そして、長期間の使用に充分耐えうる品質でありながら、コストパフォーマンスが非常に高いことも人気の理由の一つです。
今回は、そんなシルフィーがどのように生まれたのかを、企画者の髙橋卓也さんにインタビュー。ヒット製品の誕生物語には、技術者集団・オカムラのこだわりや熱い想いがぎゅっと詰め込まれていました。
髙橋卓也さん。大学院卒業後、2009年株式会社岡村製作所(現:オカムラ)に入社し、「シルフィー」等の企画を担当。現在はプロモーション部に所属
『グッドデザイン賞』も受賞したロングセラー。ヒントは「背もたれ」にあり
シルフィーは、2014年11月に発表され、翌年2015年度の『グッドデザイン賞』を頂戴しました。それからいまに至るまで、弊社の主力製品の一つとして、お客さまから長くご愛顧いただいています。
―開発当初のコンセプトは、どのようなものだったのでしょうか。
―「背のカーブを変えられる新感覚のオフィスシーティング」と謳われているように、シルフィーの最大の特徴は、椅子の背もたれ部分の機能性ですよね。
そうですね。これまでの事務用椅子づくりは、調整が利くものであっても、 日本人の標準的な身長や足の長さなど、「寸法」の差に合わせて座面の高さや奥行きが調節できることが一般的でした。でも、例えば小柄な人と大柄な人とでは、背中や腰まわりの 「形状」にかなりの差が生じてしまいます。この体の形状の差を1パターンの背もたれでカバーすることは難しいことに気づきました。シルフィーの開発過程では、実際に100人分の腰・背中まわりの形状をテープセンサーで計測して、体格の差をデータにまとめました。
椅子に着席したときの腰・背中まわりの形状を表したデータ。計測の結果、腰・背中まわりの形状には上図のような個人差があることが判明
―つまり従来の椅子は平均値を狙うことで、小柄な人や大柄な人にとっては満足のいく座り心地になっていない可能性があると。興味深いです。
そこで生み出されたのがシルフィーの「バックカーブアジャスト機構」です。椅子に座る人自身がサイドレバーを調整することで背もたれのカーブが変化し、カラダと背もたれのフィット感が向上するようになっています。
背もたれの両サイドにあるレバーを下の位置にすると緩やかなカーブになり、大柄な人にフィット。レバーを上に持ち上げると狭いカーブになり、小柄な人にフィットする仕組み
これ以外にも、つけようと思えばどんどん機能をつけることはできたのですが、そうするとやはりお値段が高くなってしまいます。そうした価格面と機能向上とのせめぎ合いがありながら、シルフィーでは背もたれに機能をしぼろうという話になりました。
―「価格も座り心地も重要」というニーズの受け皿となったことで、多くの人の支持を集めたのかもしれませんね。
合宿や泊まり込みも。ギリギリまで議論を重ねた開発までのハードな日々
―シルフィーが開発されるまでにも、オカムラ社には「背もたれ」に着目した椅子があったのでしょうか?
シルフィー開発以前、オカムラが力を入れていたのは「背もたれ」よりもリクライニング機構や座面のクッション部分の研究でした。例えば、異なる硬さのウレタンを、クッションに触れる体の部位に合わせて硬さを変化させる「異硬度クッション」という技術が確立されていました。
―では、背もたれに力を入れることは新たな挑戦だったのですね。
はい。当時、他社の椅子でも背もたれに力を入れている椅子は多くありませんでした。だからこそ、もしも背もたれに優れた機能をつけられたら、他社製品ともわかりやすく差別化できるのではないか、と我々開発チームは考えました。
―そこから、機能や価格設定を含む具体的な開発が始まったのですね。
はい。機能はもちろん、デザインや価格帯についても議論を重ねていきました。椅子は座り心地が良いだけでは売れなくて、消費者が求める家具としての美しさが間違いなく重要になってくるので。
デザイナー、設計者、製造管理担当者、私たち企画担当者も、当時はこの開発のために合宿をしたり、シルフィーに多くの時間を費やしましたね。
―オカムラさんのものづくりは、企画担当者とデザイナー、それを実際にかたちにする技術者の方たちが密にコミュニケーションや討論を重ねることで、初めて実現するものなのですね。でも、それだけに、意見がぶつかり合うこともあったのではないでしょうか。
そうですね(苦笑)。例えば開発過程で、「背もたれが使う人にぴったり合うように調整できます、と謳っているけど、この程度の変化じゃよくわからないですよ」という声が社内からあがって。一つの製品にかけられる時間の制限もあるので「だったらもう、いっそ背の部分は可動式にしなくてもいいんじゃないか」という意見もあったんです。だけど私やデザイナーとしては「それをやめてしまったら、シルフィーをつくる意味がない」と主張して。
あらためて「座った人に違いを感じてもらうには、実際に何ミリ背もたれを動かす必要があるのか」「背もたれを動かすためにはフレームをどういう構造にすればいいのか」という話し合いに立ち戻ったこともありました。
―あきらめずにとことん議論を重ねていったのですね。
本来は 11月のオカムラグランドフェア(新製品発表会)に合わせてプロモーション用の撮影を8月に実施するのですが、そんな状況だったので、なかなか最終的な構造が決まらなくて。結局、撮影までたどり着いたのは9月になってからでした。スケジュール的にもかなりギリギリだったので焦りましたね……。
美学は細部に宿る。360度すべてにこだわるオカムラの家具づくり
―ここまでのお話から、オカムラのスタッフさん一人ひとりがものづくりに対して熱い想いを抱いていることが伝わってきました。シルフィーに限らず、オカムラさんのこだわりが宿っているのは、製品の特にどのような部分だと思いますか。
やはり「細部」ではないでしょうか。私が思うに、オカムラの人間はみんな、「モノ」と「ものづくり」がとにかく好きなんですよね。ゆえに細部にまでこだわる。本当に、見えないところまで綺麗に仕上げようとするんです。
例えば家具のビス(小ネジ)が見えないように、わざわざカバーをして隠したり、構造自体を変えたり。開発過程では製品を、これでもかというほどじっくり見るし、実際に手で触るんです。とくに身体に触れるところは。そうした姿勢は美学でもあり、安全性の担保にもつながっていると思います。
―オカムラさんの製品は、デザイン的にすごく尖っているとか、強い主張があるというより、「使っている感じ」が自然とイメージできるものが多い印象があります。この椅子やデスクが、オフィスや自分の部屋にあったら素敵だな、ハマるだろうな、といった感触があるといいますか。その理由も、そうした細部へのこだわりがあるがゆえ、なのかもしれませんね。
尖ったものや主張があるものは、例えば正面から見ると格好良い、というような「見せ場」があると思うんです。表と裏がはっきりしているというか。一方でオカムラの製品は、360度どこから見ても良いものを目指しています。だからこそ、隅々にまで気を配っていて。
加えて根底にあるのは、どんなに格好良くても、座り心地が疎かになっていたらどうしようもない、という精神です。どんなに見てくれがよくても、長く座れないなら椅子じゃないでしょ、と。強烈な個性を押し出したりすることは求めていなくて、長く愛着を持って使ってもらえる「間違いなく良い」製品をこれからもつくっていけたら嬉しいですね。
創業当時から連綿と受け継がれてきたものづくりへの想いと未来への取り組み
―オカムラさんは、1945年創業と、じつに長い歴史を持つ会社です。年表を追っていくと、創業当時には戦後初の国産飛行機を完成させたり、国産初のトルクコンバーター式オートマチック車「ミカサ」を発売したりといった、意外な情報もあります。もちろん、髙橋さんはその黎明期を実際に見てこられたわけではありませんが、働いているなかで、過去から連綿と受け継がれている思想のようなものを感じることはありますか?
私は2009年入社なのですが、当時、技術部長をされていた畑岡耕一さん(初代 オカムラ技術技能訓練センター所長)に、ものづくりのなんたるかをみっちり仕込まれたのは、とても良い思い出です。私は工場の配属ではなかったにも関わらず、「企画をするなら、ものづくりのことをちゃんと理解していないとダメだ」とよく言われました。
―畑岡さんは、金属加工技術と後進の育成を評価され、2018年に「黄綬褒章(編注:工業等の業務に精励し、他の模範となるような技術や事績を有する人材に授与される褒章)」を受章された方ですね。
はい。私はもともと大学時代に機械工学科で学んでいたので、基本的な知識は備えていたつもりでした。しかし、彼にしてみれば学校出たての人間なんて、完全に素人同然なわけです。「お前なんか機械で穴も開けたことねえだろ」なんて言われながら、直々に工場を案内してもらいました(笑)。
でもそこで、ものづくりの難しさや、掛ける想いを学ばせてもらった経験はやはり大きくて。「一つの部品をつくるのがどれだけ難しいかわかってるか」とか、「ちゃんと現場を知ったうえで企画しろよ」という言葉は印象に残っています。
工場で製品をチェックする髙橋さん
―現場に立つ先輩たちの努力や創意工夫の積み重ねがなければ、存在していない技術や製品も多いでしょうしね。「ものづくりの歴史」の上にいまがあることを思い知らされます。
創業時からいまに至るまで、多くの特許を出願し続けていることも弊社の大きな特徴といえるかもしれません。一貫して、ものづくりにおける新しい技術の開発に積極的だった。特許というと「技術を盗まれないように」、つまり利権を守るために取るものと思われがちですが、じつは目的はそうではなくて。
オカムラは、自分たちが開発した技術を積極的に公開することで、そこからさらに新しい技術が生まれたら、というポジティブな考えを持っています。だからこそ、家具メーカーとしては少し異様なくらい特許や意匠権の申請をしているんです。これはものづくりにかけるプライドや、想いの強さの表れなのだと思います。
―家具メーカーにおいては、やや異例のことなのですね。
電機メーカーなどと比べたら、家具づくりはものすごくアナログな世界ですからね。椅子はやっぱりどこまで行っても「座るもの」なので、100年後も大きくその姿を変えることはありません。だからこそ、そういう領域で新たな技術を生み出し続けているという事実は、誇れることだと思います。
―最後に、未来に向けてのお話をうかがえればと思います。家具メーカーとして、あるいは髙橋さん個人として、これからの時代に向けた目標があれば教えていただけますか。
まずオカムラグループとしては、1997年からGREEN(環境配慮)のWAVE(波)を自ら起こし、その波に乗るという「GREEN WAVE」という考えのもとに、さまざまな取り組みを進めています。私はいまプロモーション部に所属しているので、この活動を社内外に発信していきたいと考えています。
―「GREEN WAVE」の特設サイトを見ると、2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする(カーボンニュートラル)という目標を達成するために、さまざまな取り組みが行われているのがわかります。
はい。そうした取り組みも踏まえて、会社としては間違いなく環境に配慮した製品をつくらなければいけないと考えています。
「スフィア」には、使えなくなった漁網から開発された張地「Re:net」が使用されている
加えて、個人的に思うのは、長く愛され続ける製品をつくることが、結局は持続可能性にもつながっていくのかなということです。例えば弊社には、「コンテッサ」という、今年で発売から20周年を迎えるアイコニックな製品もあります。
―なるほど。次々と乗り換えていくのではなく、一つの製品を長く使ってもらうというのは、そのまま資源の問題に直結しますよね。
そうですね。限りある資源をより長く有効に使用するために、近年は家具を企画・設計・販売するだけでなく、メンテナンス・回収・リサイクルにも力を入れているんです。
これまでも製品の企画段階で、自社が定めた省資源・再資源・長寿命の基準をクリアしているかのチェックは行っていたのですが、これからはより広い視野を持って環境問題に取り組んでいけたらと考えています。ものづくりに携わるいちメーカーとしての使命を、一人ひとりが感じているところです。
髙橋 卓也(たかはし たくや)
大学院卒業後、2009年株式会社岡村製作所に入社。オフィスアクセサリー、ミーティングチェア「ツァルト」等、オフィスシーティング「シルフィー」「モード」「フィノラ」等の企画を担当。『グッドデザイン賞』『universal design expert favorite』『universal design consumer favorite』『The German Design Award』をはじめ数々の受賞作品を手掛ける。
ライター:辻本力 取材:宇治田エリ 撮影:鈴木渉 編集:井戸沼紀美(CINRA.Inc,)
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