親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
人気のあのお店や場所には、なぜ人が集まるのか? 連載企画「人が集まる、場のヒミツ」では、お店・空間づくりのポイントや、その背景にある想いやこだわり、そして魅力的なエピソードの数々から、「愛される場所」の秘密を紐解きます。
第2回で取り上げるのは、東京都杉並区・高円寺で古くから愛されてきた銭湯・小杉湯。登録有形文化財にもなっている築90年の由緒ある建物には、お年寄りから子どもまで幅広い層の人々が集います。常連さんたちによって運営されるシェアスペース「小杉湯となり」をはじめ、主体と客体がごちゃ混ぜになりながらも調和がとれたコミュニティの背景には、銭湯という場所が本来持っている余白感や懐の深さがありました。登場いただくのは、三代目として切り盛りする平松佑介さん。小杉湯が現在のかたちになるまでの経緯から、長く続けていくための工夫まで、優しく語ってくださいました。
小杉湯は「自分の居場所」。三代目として生まれてから継ぐ決意に至るまで
—2016年に平松さんが三代目として継いだ小杉湯は、地域の方々だけでなく遠方からもお客さんが来る場所になっていて、銭湯の新しい可能性を発信しているように見えます。ご自身が継ぐことになった経緯を教えてください。
平松
そもそも小杉湯は、ぼくの祖父母が戦後に新潟から出てきて、お金を貯めて買った場所なんです。もともとの持ち主が小山さんという名前で、杉並区高円寺につくったので「小杉湯」という名前だそうで。祖父の次は父が継いで、ぼくが長男なので三代目になったという流れですね。
銭湯を営む人のなかには、自宅にプライベートのお風呂が存在する場合もあるけれど、平松家は小杉湯=家のお風呂。小さい頃からあたり前のようにお客さんと一緒にお風呂に入っていたし、何より両親が楽しそうに働いているのを見ていたので、ここがぼくにとって「自分の居場所」でした。
小杉湯三代目の平松佑介さん
この日はイケウチオーガニックとのコラボ企画で特別にタオルの暖簾がかかっていた
—小さい頃から「継ぐ」という意識はあったんですか?
祖父から父へ、父からぼくへとバトンが渡されて、ぼくも次へつなげるという感覚はありました。それに、常連さんたちにも小さい頃から「三代目! 頑張れよ」って声をかけられて育ったので。世襲制ではないけど、歌舞伎みたいなものですよね(笑)。
—やっぱり、家業の長男となると周囲からは継ぐ前提で見られるものなんですね。
そうですね。ただやっぱりこのままでは経営が難しくなるだろうなという危機感は昔からあって。ぼくが生まれた1980年代ですでに銭湯は斜陽産業といわれていましたからね。バブルが崩壊してどんどん銭湯が潰れて、跡地にマンションが建ったりしていたので、子供の頃から実家が銭湯だと話すと「大変だね」とか「ここをマンションにしたら一生遊んで暮らせるね」とか、悪気もなく言われるわけですよ。
ただ、両親は楽しそうに切り盛りしているし、地域の方々にも愛されているし、ぼくにとってはここが自分の居場所だったので「自分の代でなくす」という選択肢はなかったですね。
とはいえ 実際に小杉湯を継いだのは36歳のときだったんですが、逆に「継ぐ」と決めるまでに36年間かかってしまったとも言えます。生まれたときから背負っているものとはわかっていながら「いまなのか」「いまじゃないんじゃないか」と行ったり来たりして、36歳で腹を決めたんです。だから、継いだ当初は「さて何をしよう」という前向きな気持ちよりも、危機感のほうが大きかったです。
自然発生的に生まれた「小杉湯となり」で見えてきたコミュニティとしての銭湯
—そんな危機感のなかで、まずはどんなことから始めたのでしょうか?
じつはぼくの娘は偶然にも銭湯の日(10月10日)生まれなのですが、縁があるので娘が生まれた日から三代目としてスタートしようということになりました。そもそも、小杉湯を継ぐということはつまり、ここに住むということなんですよね。銭湯は古くから地主さんが運営しているケースが多く、風呂無しアパートのある敷地に銭湯があったという背景があります。なので父と母ももちろん隣接した家に住んでいるし、働くことと暮らすことがセットになっていて。
さらに、祖父の遺言もありました。小杉湯の隣には、祖父が建てた当時築40年になる古いアパートがあったのですが、祖父は「これを将来小杉湯の施設として建て替えなさい」と。そこでこのアパートを建て替えて、半分はぼくら家族の新居、半分は小杉湯の新しい施設にするというプロジェクトが、ぼくが継ぐと決まってからさっそく動き出しちゃって(笑)。
建物をつくるとなると、目先のことだけでなく少なくともこの先30年のことは見越して考えなければいけない。大事なことが一気に来たぞ……と困って、これまで仕事で知り合った仲間や知人たちに相談してまわりました。
—それはたしかに焦りますよね。そこから糸口は見つかったのですか?
はい。いろいろな人に相談するなかで紹介してもらったのが、現在「小杉湯となり」を運営する、のちの株式会社銭湯ぐらし代表・加藤くんでした。彼は高円寺に住んでいて、小杉湯の昔からのファンで、建築家で、コミュニティづくりがうまい。正直「そんなピッタリな人物がいるのか」と驚きましたね(笑)。さらに彼に出会ったタイミングで、祖父の建てた古いアパートの入居者の立ち退きが建て替えの予定よりも早く進み、一年間空き家になることになって。
—すごい! とんとん拍子ですね。
そうなんですよ。10月にまわりに相談しはじめて、11月には加藤くんが一緒にやってくれることに。で、一年間空き家になるのはもったいないから何かやろうということになったんです。そこで加藤くんが考えてくれたアイデアが「風呂無しアパート」ではなく「銭湯つきアパート」として、彼のように小杉湯を好きでいてくれる人たちに積極的に住んでもらう「銭湯ぐらし」という企画でした。家賃無料の代わりに、それぞれの住人が得意なことと銭湯を掛け合わせて、実験的なプロジェクトをやっていこうと。
2017年の2月にスタートしたときにはいろんな人が集まってくれて、そこから一年間、銭湯でライブをしたり、アーティストとコラボレーションしたりと小杉湯でたくさんの企画や風景が生まれました。こうやって小杉湯と何かをかけ合わせることで、いままで自分が見えていなかった可能性に気づくことができたんです。
—いまでこそ小杉湯ではさまざまなイベントが開催されていますが、その前身にはそんな背景があったんですね。
はい。それに「銭湯ぐらし」に集まってくれたメンバーが、銭湯があることで感じられる「余白感」の大切さを実感してくれて。いまって、いつでもインターネットで社会とつながれるからこそ、オンオフの境目があまりなかったりするじゃないですか。でも銭湯に行くことで自然とデジタルデトックスになって、自分のためにホッとできる時間が持てる。
「銭湯ぐらし」には本当に多様なメンバーがそろっていたけれど、そこにみんな共感してくれて、一年間限定のプロジェクトだったものが「せっかく面白い仲間がたくさん集まったし」ということで存続することになったんです。
—小杉湯として平松さんが働きかけたのではなく、小杉湯を好きな人たちが自発的にそう考えるようになったのですか?
じつはそうなんです。銭湯の可能性がいろいろ見えてきたから、この「銭湯ぐらし」というプロジェクトを続けるために法人化して「株式会社銭湯ぐらし」というかたちに。ぼくは資本に入らずに、純粋に小杉湯のファンたちがつながって、集まって、法人になったっていうパターンなんですよ。そんな大きな変化が、小杉湯で働きはじめて一年ちょっとの間で起きて。めちゃめちゃ濃いですよね(笑)。
2020年にオープンした「小杉湯となり」。会員制のシェアスペースとして憩いの場となっている
中心が「人」ではないから集まってくる。築90年の建物の魅力
—小杉湯にこうして人が集まってくる理由はどんなところにあると思いますか?
これは継いでからすごく感じたんですが、結局はこの「建物」なんですよね。90年以上ずっと変わらない場所で、変わらないかたちで商売をしているということ。小杉湯ができた時代とは街の景色も社会の様子もずいぶん変わったけど、そのなかで気持ちよくお風呂に入れる風景は変わらないわけです。祖父の頃からのお客さんも通ってくれているし、世代を超えてここに存在しているということが、多分すごく大事なんだと思います。
じつはこの小杉湯は、宮造りの大工さんによって神社仏閣を建てるのと同じような技法でつくられているんです。だから、浴室への光の入り方が、神社やお寺の入り方とすごく似ていて。そんな空間にお風呂という日常の場があるって現代では貴重なのかもしれませんね。
日中に美しい光が入る小杉湯
小杉湯外観。2020年には登録有形文化財に認定された
—登録有形文化財の銭湯に入れるって、すごいことですよね。
やっぱり大事に残していきたいので。小杉湯ってこの建物とお風呂でみんながつながっていて、中心が人じゃないんです。
—なるほど。「人じゃない」。
人と人ってどうしても評価しあっちゃうけど、建物は人のことを評価しないし、誰に対しても閉じない場所なんですよね。特に銭湯は公共の場なので、「開く」んじゃなくて「閉じない」って考え方のほうがしっくりくると思っていて。「変わらない場所で、閉じないでいる」っていうスタンスはとても大切にしています。
創業時から変わらない家訓と、続けるために変わる姿勢
―いまや幅広い層に人気の小杉湯ですが、一方で長く小杉湯を愛してきた常連の方々からはどんなふうに見えているのでしょうか? 例えば「小杉湯も少し変わってきたな」と思われることもあったりしますか?
それは日々考え続けていることですね。誰に対しても閉じない場所だからこそ、これまでは小杉湯に関心を持っていなかった人々も足を運んでくれるようになったのは事実です。でも、いまも小杉湯がいちばん大事にしているのは、祖父の代から家訓として受け継がれている「きれいで、清潔で、きもちのいい、お風呂を沸かす」こと。イベントやコラボ企画が生まれることも増えたけれど、この掟が破られることはありません。
小杉湯の代名詞ともいえるミルク風呂をつくる平松さん
—どんなにコミュ二ティやユニークなイベントで注目されたとしても、基本の部分が銭湯としての家訓にあるというか。
そうですね。なのでコラボするときも、相手に必ず伝えるのは「一緒に気持ちの良いお風呂を沸かしましょう」ということ。必ずその共有認識を持つようにしています。コラボだからこそできる「気持ちの良いお風呂」っていうのもあるので。
—銭湯としての基本の「き」だからこそ、守り続けるのが難しい部分もありそうですね。
簡単ではないのですが、小杉湯の目的はまず「この建物で100年続けること」なんです。そのための目標が「きれいで、清潔で、きもちのいい、お風呂を沸かす」こと。ただ、昔のままだと続けられないということはわかっているから「つづけるために、変わり続けること」を2つ目の目標として掲げています。これはスタッフにも、通ってくれているお客さんにも伝えています。こうして変わり続けていくことを「小杉湯らしさ」にしないといけないなと思うんです。
「点」をつくり、小杉湯を必要とする人を増やしていく
—小杉湯の店主として6年間走り続けてきたなかで、いま感じていることと、これからについて教えてください。
すごく実感しているのは、銭湯が社会にとって昔とは別の意味で求められる場所になっているし、これからもっと必要な場所になるだろうなということ。もともとは戦後や関東大震災後の家にお風呂がない時代の公衆衛生を担っていた存在を、そのまま現代でビジネスとして成立させるのはやっぱりすごく大変です。
だから「銭湯だけ」だと難しいとなったときに、もっと小杉湯のまわりに「点」をつくって、そこに関わってもらって「線」ができて、やがて「面」になっていくように、これからも心がけていきたいです。
—まさに小杉湯となりの存在や、イベントなどが「点」なのですね。
はい。ほかにも関わりやすいしくみをつくるよう心がけています。例えば、小杉湯のアルバイトは一コマ3時間の週2回からOKにしていて。労務管理の視点では効率がよくないと思われるかもしれないけど、このほうが関われる人数を増やすことができる。これも「点」をつくっていることになります。
みんなともよく話しているのですが、いまの小杉湯って人が「行き交う」から集まっている感じなんです。
—なるほど。留まっているのではなく、いろんな点があるからさまざまな人が行き交っているという。
まさに。いろんな関わり方として「点」があって、それが線になって行き交って面として人が集まってきている感じ。例えば、「小杉湯から徒歩何分か」で物件を探して高円寺に引っ越してくる人も結構いらっしゃるんです。そこからさらに小杉湯のまわりに自然とできたコミュニティが広がっていって、お客さんだった人が今度は小杉湯でイベントを主催したりと、主体と客体が反転したり、ごちゃ混ぜになったり。
—いろんな「点」があるから「面」になっているというのはそういうことなんですね。
コミュニティってきっと本来は管理すべきではないし、マネジメントもしちゃいけないんです。その代わりにどう接続するかを考えることがすごく大切で。
そりゃあうまくいかないこともたくさんありましたし、これからも試行錯誤するとは思うのですが、一番嬉しいのはみんなが「小杉湯が続いてほしい」と思ってくれていること。そんなふうに自分の暮らしに小杉湯が必要だと思ってくれる人たちを増やしていくことが、これからも続けられる理由になっていくと思うんです。
平松佑介 (ひらまつ・ゆうすけ)
小杉湯店主。高円寺に三代目として生まれ、会社員、ベンチャーの起業を経て、2016年に小杉湯を継承。
Instagram:https://www.instagram.com/kosugiyu_sento/
Twitter:https://twitter.com/kosugiyu
ウェブサイト:https://kosugiyu.co.jp/
ライター:山越栞 撮影:タケシタトモヒロ 編集:山越栞、服部桃子(CINRA,inc)
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