プロレス愛を渾身の場所に。湯沢利彦さんがすべての熱意を捧げてつくったプロレス美術館
クオッカ店長とみんなの偏愛LIFE

プロレス愛を渾身の場所に。湯沢利彦さんがすべての熱意を捧げてつくったプロレス美術館

#アイデア・工夫 #カルチャー #コミュニティ #ライフスタイル

こんにちは! OKAMURA Lifestyle Storeのクオッカ店長です。


普段から椅子のことばかり考えていたら、すっかり椅子マニアになってしまったぼく。でも、世界には椅子だけでなく、いろいろな形で好きなものに愛を注ぐマニアがいるみたい……! 


そこでこの連載では、椅子マニアのぼくがワークスペースを飛び出して、あらゆるマニアに「好きなものを愛でる楽しさ」を聞いていきます!


連載6回目にお話を聞いたのは、京都で「プロレス美術館」を運営している湯沢利彦さん。ファン歴50年を超えるプロレス好きであり、ファン活動を通じて集めに集めたプロレス関連グッズを展示する「美術館」を自宅でオープン。プロレスファンに無償で公開しています。


そこまでのめり込んだプロレスの魅力って何? そもそもどうして美術館まで作ったの? 尽きぬ疑問をぶつけるため、京都のプロレス美術館を訪問。湯沢さんにたっぷり語っていただきました。

PROFILE

湯沢利彦

プロレス美術館 館長

1964年生まれ、京都市出身。大阪産業大学卒。2000年1月1日、プロレス関連の貴重品や資料を展示する「プロレス美術館」をオープン。2021年から休館して内容の充実をはかり、スペースを倍にして物品の展示と史料閲覧の2室で展開する構造に改装し、2025年に再オープン。


クオッカ店長


クオッカ村出身の、クオッカワラビーの男の子。生粋の椅子マニアでOKAMURA Lifestyle Storeの店長を務めている。ほかのマニアがどんなことに夢中になっているのか、興味津々!

「アントニオ猪木VSストロング小林」でプロレスに出会い、一気にのめり込む

今日は「プロレス美術館」を見学に京都までやってきました! 外からは普通の民家にしか見えなかったんですが、脇の階段を上がると……
クオッカ店長

1/6サイズの手作りリングの周囲にはアンドレ・ザ・ジャイアントのリングシューズや、初代タイガーマスクのタイツ、それに獣神サンダーライガーのコスチュームなど、プロレス関係の展示物が勢揃い!

す、すごい……! ものすごい量のプロレスグッズや実物のコスチュームが……! ぼくでも名前を知ってる名レスラーのゆかりの品が、所狭しと並んでます。
クオッカ店長

プロレス関連の新聞や興業で使われた実物のポスターが飾られ、いろいろなプロレス関連書籍が揃っています。中には手作りの昭和なテレビも……。

もう片方のお部屋は、なんだか懐かしい雰囲気。湯沢さんの情熱とプロレス愛、そして昭和への思い入れが伝わってくるような場所ですね!
クオッカ店長
湯沢
ありがとうございます。最近はプロレスだけじゃなくて、自分がプロレスを熱心にみていた昭和期のデザインや出来事についても、広く関心を持つようになりました。もともとはプロレスにしか興味がなかったんですが……。

プロレス美術館 館長 湯沢利彦さん

そもそも、湯沢さんがプロレスに興味を持ったきっかけは?
クオッカ店長
湯沢
昭和49年3月19日に行われた、アントニオ猪木対ストロング小林の試合です。テレビ放送は2日後の21日だったんですが、このとき初めてプロレスを見たんです。

当時僕は小学生だったんですが、学校でみんな猪木の話をしていたんですよ。でもちゃんと観たことがなくて。でもこの日はチャンネルを変えてるうちにこの試合が映って「これがあの猪木か」と見ていたんです。すると、そのまま目が離せなくなりました。

当時は子供なりに仮面ライダーみたいな変身ヒーローが好きでしたが、変身ヒーローと違ってプロレスは猪木もストロング小林も実際に自分の体で戦っている。疑いの余地がない。これはすごいと思ってグッとのめり込んで、そのまま今までプロレスに取り憑かれています。

プロレスが好きになってから、アントニオ猪木さんに夢中に。部屋にはたくさんの猪木に関するグッズがある。

ということは、プロレスファン歴はもう50年以上なんですね……!  そんな湯沢さんから見て、プロレスの魅力ってどのあたりにあるんでしょう?
クオッカ店長
湯沢
まず、チケットを買ってから当日までのワクワク感というのがありますね。会場では何が起こるかわからへん。特に大会場でのビッグマッチでは、高い確率で何かしらのサプライズがある。「何が起こるんだろう」というワクワク感が、試合が始まるまでのお楽しみです。いざ、当日に会場で観戦していても、前座試合からメインイベントが近づくにつれて、会場全体の緊張感がぐ〜っと上がってくる。この空気は会場に行かないとわからないですね。
なんだかぼくもプロレスを見に行きたくなってきた……!
クオッカ店長
湯沢
選手の動きにしても、プロレスラーの技の攻防というのは決して素人には真似のできないハイレベルなものです。アンドレ・ザ・ジャイアントのような2m超えの巨体同士がぶつかると、リングサイドで見てたら地響きがするような衝撃が伝わってくるんです。

そういった攻防の中にもストーリーがあって、そのストーリーもあらかじめ決められていたのかアドリブなのかわからない曖昧さがある。もちろん毎回ものすごく面白いわけじゃなくて、盛り上がらない試合もあるんですけど、でもそういう思惑外れも含めて、現場で見るプロレスにはそこでしか得られない楽しさがあるんですよ。

奥様と一緒に、アイデアとDIY精神で展示室を作り上げる!

数々のポスターなども、湯沢さんが試合会場から持ち帰ったものなんですよね。
クオッカ店長

かつては電信柱にポスターが貼られていたことにちなんで、自作の電柱を立ててポスターを展示している。こちらは1981年7月31日に大阪府臨海スポーツセンターで行われた新日本プロレスのローラン・ボック初来日戦のポスター

湯沢
そうです。で、この家はもともと自分の実家なんですが、建て替えた時にローンを組んだんですよ。でも自分はプロレスにしか興味がないから、ローンを払うのが嫌で……。少しでもローンを払う理由を感じるために、自分の趣味の部屋として作った一室を、今まで集めたプロレスグッズの展示室にしようと思ったんです。

並べただけでは展示にならないから、そこで「中央にリングを置く」というアイデアを盛り込みました。リングがあれば、大したお宝じゃないものを置いていても、展示物として生きてくる。それでリングを作ったのが、2000年ごろです。

一室の中央に鎮座しているプロレスリング

だから中央にリングが!
クオッカ店長
湯沢
当時はここまでやろうと思ってなくて、いろんな人に来てもらって、みんなでプロレス談義ができればいいなという程度だったんですけど。お金はなかったんで、とにかくいろんな端材とかを使って手作りでやってました。

こっちの資料室も含めて、うちの妻がかなり手を入れてくれたんです。僕はもう、そういう見せ方のセンスは全然ないから(笑)。グッズを眺めてプロレスのことを考えてるだけで楽しいから、「どう見せよう」とか考えたことがない。

資料室の一面はプロレスに関する重要な新聞記事をカラーコピーして切り貼り。

他の一面には、プロレスに関する書籍や選手によるサインなどの資料が展示されている

ポスターやグッズを愛でているだけでしっかり楽しめちゃうと、そうなるかも。

こちらの資料室は、後から追加したんですか?
クオッカ店長
湯沢
元々は寝室だったんですよ。去年、昭和100年だったのを機に、うちもリニューアルしたいと思って一部屋増やしたんです。

昭和の家みたいにしようとか、テレビを改造しようというアイデアを出してくれたのも妻ですね。単に奇抜なだけの施設ではなく「美術館」と名乗っても納得してもらえるようにしようと思って、壁の板も木材に全部ペンキ塗って、木を細く切ってくっつけて、大体全部手作りです。予算がないので……。

昭和風に改造されたテレビ。スイッチはペットボトルのキャップなどで作られている

すごい! ハンドメイドなんだ! しかし下世話ですけど、入館料をとってもいいのでは……?
クオッカ店長
湯沢
「来てくれた人とプロレス談義をしたい」と思って始めたことですから、お金を取ろうとは思ってないんです。それに、やっているうちに、グッズの寄贈や新たな出会いなど、僕にとってお金以上に価値のあるものを持ってきてくれる人がたくさん現れたんです。

お金はありませんけど、例えば手元にあるプロレスグッズを売って手放すとか、そういうことも絶対にしないつもりです。これを手放しちゃったら、ここをやっている意味がなくなる。

集めた展示品の中には、レスラーの親族から寄贈されたものも

展示物の中には相当貴重そうなものもありますが、これはどうやって集めたんでしょう?
クオッカ店長
湯沢
昔、『週刊ファイト』というプロレス専門のタブロイド誌があって、その編集部が大阪にあったんです。僕がそこの手伝いをしていた時期があって、その時に編集部に集まってきたものをいただいて帰ったりしました。アントニオ猪木の書き初めは、そこでもらったものですね。

「1989年1月1日」の日付がある、アントニオ猪木さんの書き初め。同年2月22日に両国国技館で開催された、ソ連選手が参戦したビッグマッチを踏まえた内容が興味深い

猪木さんの直筆なんですよね。すごい!
クオッカ店長
湯沢
それ以外は、皆さんの協力が大きいですね。アンドレのリングシューズはアンドレが懇意にしてた京王プラザホテルのコックさんにプレゼントしたもので、それを寄贈していただいたものですね。

アンドレのリングシューズ。35㎝を大幅に超えるビッグサイズ

湯沢
アブドーラ・ザ・ブッチャーの衣装は、ブッチャーが日本に来たときだけお世話をするマネージャーさんがいて、その方を介して「美術館の目玉展示物にしたいんです!」とブッチャー本人に頼んでいただいたものです。他のレスラーの衣装なども、捨てられそうになっていたのを関係者経由でもらってきたりしたものが多いんです。

ブッチャーの大きな白いタイツも展示。右には初代タイガーマスクのロングタイツも

湯沢さんがプロレスにのめり込むきっかけになった、ストロング小林さんの服もありますね。
クオッカ店長

ストロング小林さんの赤いガウン

湯沢
これは小林さんの妹さんから寄贈していただいたものです。以前、猪木対ストロング小林のタイトルマッチのボードを自作して、リングの上に飾ってたことがあるんです。その写真をネットにあげたら、生前の小林さんが本物やと勘違いされてね。細かいところを人伝に説明したら、「自分のことをここまで好きでいてくれたんなら、一度東京にいらっしゃった時にうちにおいでください」と言っていただけまして。それをきっかけに寄贈していただいたんです。
妹さんから寄贈されるなんてすごい!

そして、椅子マニアとしては無視できないパイプ椅子も……!
クオッカ店長
湯沢
これは、アメリカのプロレス団体「WWE」が開催しているプロレスの祭典「レッスルマニア」を観戦した際に、現地で入手したものです。特別リングサイド席のチケットを購入すれば、その椅子を持ち帰ることができたんですよ。
うらやましい! 僕も椅子を目当てにレッスルマニアに行きたいなあ。

ここにあるものは、どれも大金を払って揃えているわけではないのがすごいですね。
クオッカ店長
湯沢
中にはオークションで競り落としたものもありますが、そこまでお金はかけていません。ここはあくまでも自分の部屋で商売目的ではなく、来てくれたお客さんとのコミュニケーションがあるから、協力してくれる方も増えていきました。だから、普通の民家で手作りでやっててよかったなと思ってます。

以前、漫画家さんが取材に来てくれて、この美術館をコミックエッセイで取り上げてくださったこともありましたし、僕自身が話を聞きたいというプロレス関係者の方や、僕が知らない時代のプロレスに詳しい方も来てくださる。続けていくのは大変ですが、僕にとってはいいことの方が多いんです。

100年後まで「昭和のプロレス」のことを伝えたい

ここまで精力を注ぎ込んで運営されているところを見ると、レスラーの遺族の方が遺品を寄贈したくなる気持ちもわかります。しかしこれだけの収蔵品、今後はどうしていくんでしょうか?
クオッカ店長
湯沢
実は「この人やったら預けられるな」と思ってる若い人は何人かいるんです。ただ実際には、ちょっと声をかけるところまではいってなくて。
もうすでに後継者候補が!
クオッカ店長
湯沢
そういう今の若い人が、「昭和ってこういう時代やったんやな」って足を止めてここを見てくれることが、100年後にもあるといいなと思ってます。とにかくいろんな方が来てくれて、ここがなかったら生まれなかったコミュニケーションをたくさん経験できたんですよ。来てくれた人の笑顔で自分も救われてるところがあるし、自分の興味も広がった。つくづく、やってよかったと思ってます。
ありがとうございました! プロレスの楽しさが伝わってきたし、ぼくも今度会場に見に行ってみようかな〜!
クオッカ店長
クオッカ店長はここが気になる!

ご両親と一緒に住む二世帯住宅の2階が、湯沢さん夫妻の住居。その2階の半分以上をプロレス美術館が占めているので、展示物の制作には残りのスペースをフル活用してワークスペースを確保しているそう! 湯沢さん曰く、「展示物は洗面所など、使える場所を全部使って作ってます」。作業に使用している道具もハサミ・カッター・テープ類などで、全てが「昭和の手作業」で作られているみたい。美術館もワークスペースも、すべてが大好きなプロレスに囲まれていてうらやましい!

CREDIT

取材・執筆:しげる 写真:衣笠名津美 イラスト:キタハラケンタ 編集:桒田萌(ノオト)

ブランド名

商品名が入ります商品名が入ります

★★★★☆

¥0,000

PROFILE

山田 太郎

CO-FOUNDER & CTO

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。

山田 太郎

CO-FOUNDER & CTO

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。

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